「アイヌの結婚式」上映会レポート 8/8回

土曜日の会の「アイヌの結婚式」上映会に伊藤碩男さんをお招きにし、お話を伺いました。なお、音声記録の書き起こし、及び文章の編集は由井英が担当し、伊藤さんは書き起こしした文章を推敲し、加筆しております。

上映作品:「アイヌの結婚式 」民族文化映像研究所 制作/1971年完成/33分
土曜日の会 上映日:2018.5.19 Sat.
ゲスト:伊藤碩男 氏:「アイヌの結婚式」撮影カメラマン

写真:伊藤碩男さん【民族文化映像研究所 所属】
アイキャッチ画像:映画「アイヌの結婚式」より ©︎民族文化映像研究所

由井:今回の結婚式を機会にその後アイヌの人たちが変わったとか、そういうことはあるのですか。

伊藤:映画以後変わったということはない。映画が人々の意識を大きく変える力があるのか、ないのかはわかりません。 

由井:アイヌの結婚式が行われなかった理由として、アイヌ同士で結婚するとアイヌを生むことになるわけですから、そういうことが影響していたと考えられますか。

伊藤:その前にね、アイヌであることをやめたというのが中心だと思います。なんでやめようかというと、就職できないんです。

Q:国が同化政策を先導していったということなのでしょうか。

伊藤:国は法律を作ることによって同化させようとしました。しかしそれは差別ではありません。ただしアイヌと和人の暮らしは違うんですね。

Q:文化の違いが、差別を生み出していく。そういうことですか。

伊藤:そうそう。この中で「奥会津の木地師」をご覧になった方、おられますか。木地師、はお椀を作る方ですね。あの人たちは、年貢を納めてなかったんです。山から山へ移動しちゃうから、捕まらないわけです。そうするとそれが差別を生み出していく。しかしなぜか木地師だけは差別されなかった。なぜかというと、日常必要なものを作るわけですね、お椀を作る、お盆を作る、臼を作る。同じように山から山へ歩き渡っている人がいた。この人たちの先祖は天皇にかかわりのある親王から技術を教えてもらったという自負がありました。だから差別の対象にはならなかった。

その一方で、三角寛が本に書いた「サンカ」という人たちがいた。サンカの箕づくりといって、箕は竹を使いますからね。こうした竹職人は九州あたりで差別の対象になってしまった。なぜそういうことになってしまったかというと年貢を納めない。つまり税金を納めない。税金を納めている人たちからすれば、羨ましくてしょうがない。

「あいつら、変わったやつだ。」というのが差別と同義語になっていく。差別の対象になると、収奪の対象になる。和人がアイヌを騙すわけです。その最たるものが、ニシンを獲る分け前です。労働に対して給料が支払われます。これは平等じゃないの、アイヌと和人では。

例えば和人にニシンで一銭払おうとすると、一つ、二つと十まで数えるわけ、そこで「はい一銭」と支払う。それに対しアイヌには、「はじめ」と一言いい、次に「一、二、三と…十」まで数えて、「おしまい」と最後に言う。つまり、ニシン十二匹で一銭なんです。これが収奪の方法です。おしまいの後に、「おまけ」というのがつくこともある。十三匹で一銭。つまり、数をごまかすわけです。これを「アイヌ勘定」と言いました。これも差別の一つです。

次回「お前、邪魔だから出て行け!」とエカシに言われた。に続く…