土曜日の会|ゲストスピーカー

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伊藤碩男

カメラマン
民族文化映像研究所 所属

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(全8回レポート)

「アイヌの結婚式」上映後の伊藤さんと来場者との質疑応答をまとめました。なお、音声記録の書き起こし、及び文章の編集は由井英が担当し、伊藤さんは書き起こしした文章を推敲し、加筆しております。

Q:多様な文化や多様な価値観を持つ人たちと国際的にますます関わっていく時代に、人間的な信頼関係を築くためには、どんなことが大切になると思いますか。アイヌの人たちと接する中で感じたとこがあれば、教えていただきたいのですが。

萱野さんに国立劇場で初めて会ったとき「でかい人だなぁ」という印象でした。アイヌ異文化を持つ人とは思っていませんでした。普通の人・・・。

人間的信頼関係を築くには長い時間がかかります。出会った最初が大事です。これは宮本常一先生から教えられました。先生は初めての人に笑顔で挨拶するのです。この「にこっ」とした笑顔に相手はすっかり信頼してしまうんですね。強いて言えば特技でしょう。我々にできるかどうか、わかりません。言葉にならない何かでしょうね、オーラとでも言いますか。伝わってくるものなのです。

 

Q:撮影のときに、エカシから「おまら邪魔だから出て行け」と言われたその後、カメラマンとして撮影の仕方に変化が起きましたか。

伊藤:結婚式の撮影ではチセに一泊しました。それを見ていたおばあさんたちが合同焼酎をもってきて、飲ませてくれたんです。歓迎してくれたのだと思います。一緒に青年たちがきました。一緒に飲もうとすすめると青年は「禁酒同盟を作っているから」と言って飲まないんです。「なんで禁酒か」と聞いていくと、「われわれは倭人に酒で騙された、今度は倭人を騙す番だ」というんです。最初の出会いでいきなり責められた感じはしませんでした。彼らは歓迎の席で本心を語ってくれているからです。

撮影の度に驚きの連続です。この驚きは今でも続いています。カメラマンとしてではなく人間としてです。

 

Q:結婚式に対して、アイヌのお葬式の方はどうなっているのでしょうか。

伊藤:お葬式、痛いところを突かれました。お葬式って撮影できないですよ。だって人の悲しみをね、銭に変える行為、これは親族にとって怪しからん行為でしょう。民俗学者はしょっちゅうお葬式のことを取材に行くんですけどね、みんな苦労しています。

アイヌのお葬式、一番最後にアイヌ風の葬式をやったのが、イギリス人でした。ニール・ゴードン・マンローという人が二風谷にいたんですよ。お医者さんです。二風谷に九年間住んでいました。その死ぬ間際ね、遺言を残したそうです。「アイヌ風のお葬式」をやってくれと。アイヌ風のお葬式というのはね、聞いた話ですが、チセという小屋がありますね、そこに遺体を置いてそのまま焼くんだそうです。それがお葬式だそうです。

 

Q:家ごと焼いてしまうのですか。

伊藤:そう、家ごと。今の我々からすると、考えられないですよね。家の中にはいろんな神様もいるし、そこに住んでいた人の遺体を置くわけでしょ。それをそっくりね、焼いて、神の国に返す。そういう意味があるらしいです。それをニール・ゴードン・マンローはやってくれと言って遺言に残したそうです。マンローというのは今でもあります。だから彼の邸でやったわけではなく、わざわざチセを作ってそこに遺体を置いて葬式をやったそうです。これは話です。僕が見たわけではありません。

それからもう一つ、現在のアイヌの暮らしについて。これはもうシャモと一緒です。シャモ、シ・サムって「隣の同胞」という意味です。蔑称という風に捉えられていますけどね。本来は「シ・サム・ウタラ」。私の隣にいる同胞という意味です。それで今は日本人の暮らしと変わりません。

(次回は最終回、映画を見た来場者の感想をご紹介します。)

 


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