※ 参加者のメモ書きに残された走り書きのイラスト(上の画像)

ナレーションなのか、語りなのか、何なのか

木地師の暮らしや技術といった映画の内容の話ではないのだが、「ナレーション」に関心を寄せた方が多かったことは特筆すべきことのように思う。しかし、あの独特な語りと映像との間に醸し出される味わいを直ぐには消化できずにいるように感じられた。少なくとも映画の単なる解説ではないということは共通した認識だったと思う。その点において一般的なテレビ番組などのナレーションとは異なるが、そうかといって、語りとして捉えていいのだろうかという戸惑いがあるようだった。

語りというのは例えば伝説や昔話を語る古老のように穏やかで優しい、控え目な声によるものだ。しかし、この映画に重ねられた声は時に穏やかだが、時にとても熱情的に、さらに言えば、かなり興奮気味な口調で語られている。それを語りとして括っていいのだろうか、そんな気持ちの揺れがそれぞれの心に渦巻いているようだった。ナレーションでもなく、語りでもないとすれば、民族文化映像研究所(以後、民映研と略す)所長、姫田忠義のあの声は何なのか。まるで実況中継のようにも聞こえるあの声の響はなぜ、いつまでも心に残るのか。

姫田は映画のなかで、「私は見た…」と何度も繰り返している。彼が見たのは、1000年以上前の奈良時代に伝えられたとされる『手挽きのろくろ』であり、すでに昭和20年頃に絶たれたはずの木地師の技術だった。すでに止めてしまってから30年もの歳月が流れていたが、木地師として生きてきた彼らの身体に宿っていた記憶は鮮やかによみがえり、目の前に次々と再現されていった。特に手挽きのろくろを回す速さについては「自分が想像していたより遥かに早い」とかなり興奮しながら語っている。

その熱情溢れる声は、映画の製作プロセスに照らして考えれば、ますます不思議に思えてくる。一般的に、いわゆるナレーションを映像に入れる作業は、製作工程で最後の段階になる。ナレーションを入れて、整音作業をし映画は完成する。つまり、撮影時期からはかなり時間が経過している。それを姫田は、まるで、今、目の前で作業が行われているが如く語るのである。編集されるまでに数え切れないほど繰り返し見てきたはずの映像にもかかわらず、まるで姫田は初めて見たかのように、あるいは、木地師の作業を間近に見た時の感覚が乗り移ったように語っているのである。

その一方で、手挽きのろくろを挽いている時の音、木地師が道具を扱う身のこなしなど一切語らないシーンもある。ろくろによってお椀の内や外が削られていく様子と音は何度も繰り返され、やがて観客は木地師の手仕事にどっぷりと引き込まれる。前のめりになって映像を見ながらも、静かに耳をすませている。

生前、姫田が繰り返し言っていたことがある。

「映画には、作り手(問いかける人)と出演者(答える人)との関係が映し出されている。それを観客は敏感に感じ取る」

作り手と映し出された人たち、映画を見る人を三つの支点を持つトライアングルに例え、その中心に立ち上がって来る世界観に自分たちの映画の醍醐味や特徴をみていたのだと思う。その意味において民映研の作品は、一見そのようには感じられないが、映画を見る人を意識していた。しかし、それは一般的な映画が意識する『観客』とは異なる。

映画館にかける映画は、大規模な映画ほど劇場に足を運んでもらうためにあらゆる手を尽くす。それは当然、映画作り、そのものにも影響していく。目の前にイチゴのショートケーキがあれば、それを美味しそうに見せるだけでなく、人の口に運ぶまで(美味しいと言わせるまで)手を尽くすのが通常の映画におけるマーケティングだろう。しかし、民映研の映画は、自らショートケーキを手に取って口に運びたくなり、思わず食べてしまうような、そんな気持ちに促される。しかも本人は全くその自覚がない。いつしか、ショートケーキは自分の口に運ばれているのである。そこに姫田の熱情型(劇場型というと政治家の街頭演説臭いから避けるが)の語りが深く関わっていると私は思う。

仮にそうであるならば、果たして姫田は映画を見る人の気持ちを促すように意識して語っていたのだろうか。あるいは、全く意識せず、ただ単に自分自身が興奮して語っているだけのか。あえて私の意見を言えば、その両方だろうと思う。つまり、前述の姫田の言葉のように、映画を見る人の視点が意識されていないとは言い切れないのだ。むしろ、興奮して語りながらもどこか頭の片隅に、心の片隅に見る人の視点がかなり意識されていたと思う。

逆説的な言い方になるが、だからこそ、あの独特な語りと語りの立ち位置(解説者、報告者でもなく、民俗学者でもなく、もちろん監督・ディレクター、ナレーターでもない)が生み出されたのだと思う。そうした独特の語り口による絶妙な立ち位置は特に初期の民映研作品に際立っている。そこに私たちは魅了され、結果的に自ら望んで、何度もいちごのショートケーキを口に運んでしまうのだろう。幸か不幸か、それが姫田の語り口によるものだとほとんど意識せずに。

 

= メモ・KEYWORDS 欄より抜粋 =

  • あの小さなヨキでどれほどの多くの仕事がされてきたか。
  • 小椋さんや星さん(木地師さん)のご先祖はどこからきた人だろうか。農耕定住の人々とは別の技能集団として。
  • 板は運ぶ(山を移動する際に持ち歩く)。木地師さんたちの一体感。
  • 全く土に環らないものがない。
  • ブナは『橅』と書き、あまり役に立たない木だと聞いていたが、椀として役に立っていたとは…
  • イギリスのウィンザーチェアも山の中に小屋を建ててろくろで部材を作り、里に下りてくると聞いていた。
  • 素手、素足に圧巻。再現できたことの凄さ。
  • 漆の技術は里に残っていても、木地師の仕事はもうないのですね。(仕事が)ハードすぎるのでしょうか。
  • 女の人がアラガタを運び、椀の外と中を荒削りする。
  • ものさしを「ホン」という。
  • 樹齢140年以上の木を45分で切り出す。
  • 手挽きのろくろ、一回ごとに逆回転となる。
  • ウケクチを木の芯まで入れるのは、切り口を割らず綺麗に切り倒すため。
  • 家づくり、椀づくり、全ての作業に迷いがなく、「流れ」があり、美しかった。
  • 「女性の仕事」というキーワードが度々出てきたが、かなりの力仕事もあり、驚きました。
  • 山の神様を祀る。近くなく遠くなく失礼がないように祀る。
  • ナレーションが実際作業を見た人の情熱で語られている。
  • 倒した木の解体、生き物のごとし、魂が宿っている。
  • 手仕事の面白さ、見ているだけで楽しい。
  • 木地師は人里離れた孤独な人たちではなく、里の人と繋がって暮らしていた。
  • 自然を痛めないで生きる在り方を考えさせられた。
  •  
 
映画「奥会津の木地師」より  ©️民族文化映像研究所(画像提供)

 

取材・執筆者
ささらロゴ 太(印刷)
由井 英 映画監督/ささらプロダクション

2006(平成18)年に、小倉美惠子とともに(株)ささらプロダクションを設立。2008年、映画「オオカミの護符―里びとと山びとのあわいに」で文化庁映画賞文化記録映画優秀賞、地球環境映像祭アース・ビジョン賞を受賞。2010年「うつし世の静寂(しじま)に」を劇場公開。現在、映画「ものがたりをめぐる物語」を製作中。


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