写真(上)|©︎民族文化映像研究所

上映と座談会に続き、初めて「一汁一菜の会」と名付けた懇親会を開いた。一汁一菜の会の参加者には、料理や飲み物など一品持ち寄ることをお願いした。それは少なからず参加者に負担を強いることになり、心苦しくも思ったのだが、「何を持っていくのか考えるのが楽しい」という言葉を聞き、心が救われる思いがした。静岡の山で獲れた鹿肉の煮込み、蓮根のイタリアン前菜、小学生の女の子が作ってくれた美しいデザート…など、結果的に心のこもった豪華な手料理や飲み物が揃ったのには驚いた。

今回の映画の舞台でもある福島県会津に縁のある人もいらして、映画にちなんで会津地方の郷土料理「こづゆ」を作ってきてくれた人、会津地方の漬物を差し入れてくれた人もいた。こづゆは、いわゆる「ハレの日」に食べる料理だそうだ。私も初めて食べたがホタテの貝柱から取ったという出汁が体にすっと馴染み、とても美味しかった。かつての暮らしを想像すると、滅多に口にすることのできない汁物ではないかと思った。一汁一菜の会でも、映画の話題は尽きなかった。

「あ、うん」とは異なる木地師の気持ちの合わせ方

私の周りでは、木地小屋を建てる様子が話に上がっていた。木地師は山から山へ移動しながら暮らしを立てていく。自分たちの作業に適した場所が見つかると、そこに木地小屋を立てて、作業場を設える。木を切り、又に枝を残した柱を立て、サスを組み、棟木を渡し、屋根や小屋の壁に当たる部分を笹で葺く。棟木近くの笹は、「逆さ葺き」といい、葉の部分の下にして、雨露が屋根を伝わって流れるようにし、小屋の中には落ちないよう防ぐ。

家の骨格を組むのは男の作業だが、笹を刈り、運ぶのは女の仕事だという。石を運び、粘土混じりの砂で間を埋め囲炉裏を作る。囲炉裏を囲む座敷に、板を敷く。木地小屋の材料は全て現地調達だが、この板だけは移動する際にも持ち歩いたという。川から水を引くために、根曲りした木が林立する場所を上手くくぐり抜けて道を通し、地面が深くえぐられている箇所では、樋のように溝を掘った木を渡す。やがて、上流から水を流し込み、樋を伝わって、小屋の中に水が流れていく。「あの清らかな水を飲みたい」といった声が上がったが、それもわかる気がする。便所もそれに適した木の周りを枝で組み、その上を笹で葺いた。

そうした木地小屋づくりは、誰からも指示を受けることもなく、各々が自発的に動いて行われていく。決して映像を上手く編集しているから、そのように見えるのではなく、木地師の手さばきや身のこなし、あるいは顔の表情からも真実味を持ってひしひしと伝わってくるものがあった。

私の周りではその流れるような作業に誰もが心を奪われていた。そしていつしか、なぜそのような作業が彼らにできたのか、という問いにみんなの関心が移っていった。その問いには、なぜ私たちにはそれができないのか、という問いが含まれているように私には思えた。

熟練した木地師の技能だから成し得たというより、その奥に私たちが失った何か大切なものがあるのではないか、

という問いのようだった。

姫田はその流れるような作業が成せる理由として、普段から里で共同作業(例えば互いの家を修繕したり)をしているからではないかと語っていた。その語り口は、前回のコラムで述べているように熱情的ではなく、作業を見ていて「私はそんな風に思いました」という謙虚で穏やかな口調だった。

私はなぜ小屋づくりのシーンの中に、姫田がそのような言葉を入れたのか不思議に思っていた。もっと言えば、何かしっくりこないものを感じていた。何故ならば、映画づくりの方面から考えると、映画の中に盛り込むにはあまりにも曖昧な表現だと思っていたからだ。それを語るほどの理由が私には見つからなかった。そこであえて彼の気持ちを探ってみた。木地師の子孫たちは里に降りたとはいえ、日常の暮らしの中でも作業の関わりがあるからこそ、山に入っても、小屋の設計図などなくとも流れるように作業ができると言いたかったのか。あるいは、里に降りた人々の中にもかつての木地師の暮らしが伺える何かを姫田には見えており、それを伝えたかったのかもしれない。しかし、それはなんであるのか、映画を見ている人に理解できるとは私には思えなかった。では何故、姫田はその一言を入れたのだろうか。

一汁一菜の会でも盛んに木地師の流れるような作業の美しさとか、どうして互いに作業の呼吸を合わせることができるのかと、盛んに言っている人たちの声を耳にするにつけ、私はきっと姫田もその作業の凄さに「何かひとこと言わずにはいられなかった」のではないかと思うようになった。しかし、それを上手く表現できなかったのではないか。

「木地師同士にある種の『あ、うん』の呼吸のようなものがあるのではないか」と私は心の中で答えつつ、その「あ、うん」がどこから来るのかはわからないでいた。だから、ずっと黙ったままみんなの話を聞いていた。心の中で引っかかるものが確実にありながら、それが何故なのかわからないでいた。

その時、ある人が「木地師は木に向かい合っているからではないか」と言った。それはあまりにもシンプルかつ、意味深い発言だった。よくよく彼女の言わんとするところを聞くにつけ、思わず頷いた。

彼女曰く、作業が流れるように行われるのは人間同士が互いに気遣い呼吸を合わせているのではなく、木に向かい合うことでみんなの呼吸が自然と合うようになるのではないかと。木の素性を見れば、そのように木を選び、ヨキで切り込み、材を組むのは木地師において当たり前なのだと、そういう共通認識があるのではないかという話だった。そして彼女はもっと、木地師の共通認識を知りたいと言った。

映画の中で、お椀に適したブナの木を探すとき、ヨキの背で木を軽く叩きながら、木の素性を探っている姿が見られる。具体的にどのような素性の木がお椀に適しているのかは詳しく語られていないが(木を倒したあと皮をはいで木肌を確かめる姿はあるが)、そのブナの木も木地師の見立てからすれば、お椀に適した木に間違いないのであろう。

この話を聞いたら姫田はどう思うだろうか。いや、映画にはいっさい手を加えずあの一言のままでいいというかもしれない。しかし私は、姫田が映画を作るとき言い切れなかった意図を彼女が代弁してくれたと思っている。あの曖昧な表現よりも、彼女の発言の趣旨をあのシーンで加えた方がいいと思う。結局のところ私も姫田も自分が気づいているものを上手く表現することができなかったのだ。

「木地師は木に向かい合うことで、自然に向かい合うことで、互いの気持ちを合わせることができる」

それがかつて私たちの先祖が肌身に記憶させ大切に守り続けてきたものであり、私たちが今や失いつつあるものだった。

橅の木を切り倒したあと、笹を切り株に指す。
仕事が滞りなく無事に終わることを山の神に祈る。
(参加者のメモに残された走り書きのイラストより)
取材・執筆者
ささらロゴ 太(印刷)
由井 英 映画監督/ささらプロダクション

2006(平成18)年に、小倉美惠子とともに(株)ささらプロダクションを設立。2008年、映画「オオカミの護符―里びとと山びとのあわいに」で文化庁映画賞文化記録映画優秀賞、地球環境映像祭アース・ビジョン賞を受賞。2010年「うつし世の静寂(しじま)に」を劇場公開。現在、映画「ものがたりをめぐる物語」を製作中。


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