「デザインって、何でしょう?」
佳一朗さんはフレンドリーに来場者に問いかけた。すると会場からは、「形にすること」「他者に伝わるようにすること」「いわゆる、設計すること」などの声が上がった。それに対し、彼は「正解はないかもしれません」と受けつつ、自分のデザインの方法論を次のように語り始めた。
- 対象を理解する。
- 問題点を明確にする。
- 仮説を立てる。
- 仮説を検証する。
- 2から4を繰り返す。
とりわけ、5番目が大事だと言った。つまり、繰り返すこと。具体的な例として、自身がデザインした「Kotori」という靴べらを挙げた。そして、まるで小鳥が枝に羽を休めてとまるような姿の靴べらが出来上がるまでの経緯を語った。
スクリーンには、自宅の上がり框(かまち)の床に、無造作に置かれていた細長い靴べらの写真が投影された。靴べらは、たった今使ったばかりといった様子で床に寝転んでいた。本来あるべき靴箱のフックに掛け戻されていなかった。 そうした状態を目にするたびに佳一朗さんは「違和感を感じていた」という。
(山田佳一朗さんの解説)
1. 対象:
玄関、靴べら、靴べらを使う人など
2. 問題点:
床に置きっぱなしでだらしなく見えるのが嫌なのか。
穴が小さくてフックに掛けるのが面倒臭いことが問題なのか。
3. 仮説:
かけやすいフォルムにすればかけるのでは?
かけておきたくなるフォルムにすればかけるのでは?
床に置いておいても絵になる意匠にしたら良いのでは?
4. 仮説の検証:
まず、穴がいけないんじゃないかと思い、穴を無くし靴箱にかけられるような形を紙を使って作ってみる。大切なことは、難しいことを考えないでまず作って検証してみること。
「たくさん試して早く失敗しろ」
佳一朗さんが好きなスタ ンフォード大学のティナ・シーリグさんの言葉だという。
5. 2から4の繰り返し:
紙で作ってみると、細くて安定しない。
幅を持たせてみる。「人っぽくなって、かわいい」
平べったいと曲がってしまう。金属で作っても強度に問題があるだろう。
それでは、丸めてみる。
かかとに当てると痛いので大きな穴を開けて、靴箱にかけてみた。 鳥っぽく見える。
山田: この時初めて鳥を意識する。最初から鳥にしたいと意識していない。
金属で作ってみる。冷たい。
木で作ってみる。割れる。薄いのはだめ。
成形合板で作る。薄い板を重ねて厚くする。折れない、強い、使い勝手もいい。
靴箱にかかっているのをみると、やはり、玄関に鳥が留っているみたい。
山田: 最初は何をやっているのか、わからないんですよ。何か違和感を感じるんですけど。結果的に見てみると、靴べらというプロダクトで靴べらの周辺にある『玄関という空間』とか『人が掛けるという行為を快適にした』というこ となんです。そこに『違和感を共感に変えていくデザイン』があり、さらに日々の生活の中で「活かし」続けていく中で、また違和感を感じてデザインという「生む」行為をし、改善していく。この循環が『デザインの生活』であり、それが私の日常です」
私は、デザインとはコンセプトありきだと思っていた。鳥のイメージがどこからともなく自分の脳裏に浮かび上がって きて、それを元にプロダクトとしての形が生まれて来るのだと。しかし、佳一朗さんのデザインは全く異なっていた。異なっているどころか、私の想像と全く逆のアプローチに、とても驚かされた。
いまこうして、当日の様子を振り返りながらレポートを書いていると、会場ではわからなかったのだが、作品が出来上がるまでの過程を私が佳一朗さんと逆に考えていた理由がようやく理解できた。それは映画の編集のプロセスに照らして考えていたからだと思う。
映画の編集ではなぜか、何十時間、何百時間という映像をみていくうちに、訳も分からず突然「鳥の姿」が浮かんできてしまうことがあるからだ。少なくとも私にとっては、その姿が浮かんでくることが編集においてかなり重要なことだっ た。迷った時に立ち返るヒントになるのは、最初のイメージに他ならないからだ。そうしたイメージが実際にワンカッ トずつ繋いでいく細やかな、システマチックな編集作業の過程で浮かび上がってくることは、私の経験上まずありえないことだった。改めて、作品を作る過程には、その作品ならではのいろんな筋道があることを教えてもらった。
話は「角館伝四郎」のデザインに展開していった。
(文章確認、写真提供:山田佳一朗 氏)
(会場での写真撮影:小倉美惠子)