12月10日のkiccaloのイベントでシンガポール聯合早報特派員の符祝慧(フー チュウェイ)さんをお招きしお話を伺います。シンガポールという国について、符さんが書いた記事を送ってくださったので前回「シンガポールの赤頭巾(その1)」としてご紹介しました。今回はその続きです。

注目する点は、シンガポール政府が労働者減少対策として「女性の社会進出」を積極的に促す政策をとったことで、家事が重荷になり、それを解消するためにフィリピンなどの近隣諸国から移民を受け入れ、メイドとして雇い、結果的に「実の母親に育てられた子供が少なくなってしまった」という事実である。もちろんそこから新たな問題が起こっている。日本の都市社会の行く末を垣間見るような気がする。特に、最後の文章は衝撃的だ。

(由井 英:映画監督)


私の子ども時代にはメイドはまだ一般的ではなかったが、私の家族はシンガポールでもある程度裕福な層であったので、家には中国から祖父の親戚がお手伝いさんとして来たり、またマレーシア、インドネシアの中国系の人がナニーとして来たこともあった。家族のお抱えの運転手もいた。その時はフィリピン人など中国系以外の民族のメイドではなかったので、子どもの頃の印象としては、親戚同士でお手伝いしているというように思っていた。私は1度運転手の陳さんに叱られたことがある。私たちは大家族で、いくつもの近縁の家族が近くに住んでいた。運転手の仕事はその子どもたちの学校の送り迎えなど色々あり、仕事が終わるのはかなり遅い。陳さんは運転手として、20歳~30歳代後半まで勤めて、その後も私の家族の事業を手伝い、結婚もしたが、今考えると彼の中には不満があったろう。自分が働いているところの人たちはみんな穏やかで、安定した生活を送っていた。彼はマレーシアにいる家族に稼いだお金を仕送っていたのだが、やはり寂しかっただろうと思う。

経済的には、シンガポールは東南アジアの優等生だ。独立以来、政治の不安定な時代もあったが、政府は農業も全て無くし、技術と金融を経済の基にした。そのためにシンガポールは80年代から多くのシステムを変えてきた。80~90年代のシンガポールには「女性は働け」というスローガンがあって、まさに今の日本のような感じだった。今のシンガポールでは女性の正規雇用率は56・5パーセントだが、正規雇用ではない人たちも大勢いるので、女性が働くというのはシンガポールでは当たり前のことだ。これはある意味では女性の働く権利があることを示しているが、共働きをしないと生活ができないというシンガポールの現状も示している。シンガポールで車を買うためには日本の3~5倍の値段を覚悟しなければならない。交通渋滞を減らすための特別な税金をも払わなければならない。シンガポールでは、日本より生活費がかかる。

シンガポール政府は、労働人口が減っているので、「女性は働かなければならない」という政策をとった。では誰が家事を負担するかというと、周りの国、先ずはフィリピンからメイドを入れた。メイドを入れられるのは、東南アジア諸国の間に大きな経済格差があるからだ。例えばシンガポールでは1人の平均給与は日本の22万円を超えて、月33万円ほどだ。メイドに支払う給料は、出身国によって違うが、例えばミャンマー人のメイドだととても安い。日本円にすると月2万円くらいだろうか。もちろん政府に払う税金もあって、1人のメイドを雇うにはおおよそ月8~10万円かかる。

最近、海外で賞をもらった「イロイローぬくもりの記憶から」(2013年)というシンガポール映画がある。その監督A・チェンさんはまさにメイドに育てられた。ストーリーは、経済の向上を目指し共働きの家族がなんでもメイドに任せっぱなしで、家庭にさまざまの問題が起きるというものである。これはシンガポールが反省しなければならないところである。

東南アジア諸国間の経済的な格差のゆえに、このようにメイドシステムが動いている。今周辺の国々から入って来るメイドの数はかなり多い。正式な数字はシンガポール政府も出していないが、30万人はいると思われる。フィリピン人のメイドはカトリック教徒が多く、日曜日は必ず教会に行くので、シンガポールの労働法によれば、日曜日は必ず休みにしなければならない。しかし中には心ない雇い主がいて、お金で彼女たちの休暇を奪うこともある。日曜日にシンガポール一のショッピング街「オーチャードロード」に行くと、大勢のフィリピン人のメイドが集まっているが、香港にも同じ状況がある。フィリピンが海外に送り出す家事労働者(メイド)は800万人ぐらいと言われている。

シンガポールに帰って友人と話をすると、メイドの話ばかりだ。メイドが家にいると、やはり1人の外国人がいるということで、問題がいっぱい出てくる。メイドの自殺もあったし、監視カメラでメイドを監視するなどという人権無視もいっぱいある。また、雇い主同士で、どんな戦略でメイドを管理するかなどと話し合う。そこまで人間性が失われている話を聞いて、私は唖然とした。一方でメイドを救援しようとする団体もあり、またメイド自身がフェイスブックを使って、自分たちがどういうふうに虐待されているかについて発信するネットワークを作ったりして、シンガポール政府に労働法を変えてほしいという主張をしている。

シンガポールでのメイドの普及は90年代あたりからだ。一時帰国すると、私のかつての高校の同級生たちはみんな勤めていて、専業主婦は1人か2人しかいない。大学を卒業したらほとんど皆仕事を持つので、家庭ではメイドに頼らなければならない。フルタイムの勤務の中では子どもの送り迎えなどできない。例えば、親の近くに住めば税金が安くなるし、核家族だけれども近くに夫や自分の実家があれば、子どもの面倒を見て貰ったり、手伝いをして貰える。しかし場合によっては、1つの家族の中で子供と老人を同時に見なければならないという状況になることもある。保育園の数も多くはないし、専門の保育士がいない。そうすると最終的にはメイドを雇うのがベストである。

シンガポールの政府が保育園よりメイドシステムを選んだのは、先ずフィリピンから供給があったからだ。1家族で、メイドの往復の航空券や政府への税金も含めて平均で月8万円ぐらいだ。もっと安いミャンマーなどからのメイドは月6万円ぐらいで、メイド本人に入るお金はせいぜい月2・3万円になっている。しかもそのお金はフィリピンやミャンマーではある程度大金なので、仕送りするメイドもいる。こういう国と国との経済格差で生まれたこのメイドシステムはシンガポールでは今も続いている。

母親が会社勤めをしている場合、例えば子どもの熱などで、急に電話が入ったりすると、誰が迎えに行くのか。メイドがいれば家事もできるし、子どもの送り迎えもできて便利だ。また、メイドが子どもの面倒を見ていて、夫婦が映画に行ったりというような状況がシンガポールにはある。80年代にはメイドはそれほど普及しておらず、ある階級の人々だけが雇っていたのだが、今では公団住宅に住んでいる中産階級でもメイドを雇えるようになった。

私の近い親戚にもメイドがいて、彼女はもう10数年間同じ家に勤めている。話を聞くと、自分の子どもは田舎の母親に託して他人の子どもを育てていて、彼女の寂しさがよくわかる。いとこの家にいるメイドが私に話したことがある。「実は私もあなたのいとこと同じ学歴よ。私も大学は卒業しているし、どうして私はメイドをしなければならないの。」と。このような不満が溜まっていることも理解しなければならない。また、自分の国が自分たちを売り物にしているのが一番悔しいという声もある。例えば、フィリピン政府はある国へ1年間にどのぐらいの人々を送るという契約もしているという。国の産業が発展していない状況では、出稼ぎは国の収入にもなるのである。

正直に言って、今の日本で子育てをするのは幸せだと思う。シンガポールの女性たちと比べると、私のほうが子どもに触れる時間やチャンスがあるからだ。シンガポールの女性たちは家に帰ると子どもは既に寝ているし、また恐ろしいのは、子どもが自分の母親よりメイドと親しいことだ。親しいのはいいとしても、問題は母親としての役割が完全に失われていることだ。

(終わり)

実際の記事は続きますが、ここで紹介するのはその一部です。

 文:符祝慧|女性労働研究会編「ふつうの働き方」をあきらめない(青木書店)より


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