「あぁ、大根もじゃがいもも今年は〝一(いち)〟だぁ。」

「えー、他の作物もあんまり良くないねぇ。今年は。」

陽だまりの縁側に腰かけた両親が手にしているのは「太占(ふとまに)表」。

「お山」から下りてきた御師(おし)さんから、たった今しがた授けられたばかりだ。お山とは、東京都青梅市にある御岳山(みたけさん)のこと。山頂には武蔵御嶽神社があり、御師の宿坊が軒を並べる景観は、古来から続く修験の山の面影を色濃く残す。わが土橋村には、昔からの習わしで1月に御師さんが来訪する。紋付き袴姿の御師さんは、「オオカミの護符」や木の神札とともに、この太占表も携えてくる。

「太占」とは、雄鹿の肩甲骨を灼いて入ったヒビの様子から、その年の作物の作況を占うもので、「古事記」にも登場するとても古い占いだ。現代の日本列島では、わずかに二社の神社で行われるのみだというが、その一つが武蔵御嶽神社なのだ。この太占の占いの結果を記した太占表は、お百姓の作付けの参考にされてきた。今はわずかな畑を残すのみとなったわが家だが、父も母も太占表を見ながら自分が作付けした作物の作況を占うのは楽しみらしい。

改めて太占表を見てみると、「をかぼ(陸稲)、あは(粟)、ひえ(稗)、阿さ(麻)、かひこ(蚕)、くは(桑)」など、関東地方でかつて作られていた作物に思いを馳せることができる。父と母の会話は自然に、本格的に百姓をしていた頃の想い出話になっている。

「昔は陸稲(おかぼ)の水やりが間にあわねぇで、ほとんど採れなかったな。水稲は山の水を引いた谷戸田で作ったから、足がちぎれそうに冷たかった」と父が語れば、「私の里(横浜市青葉区)じゃ、蚕をたくさん飼ったから桑の葉をうんと摘んでさぁ

太占表は、日々テレビを見て無聊を慰めている老父母の大切な記憶を引き出す力を持っている。自然、それらの集積は多摩丘陵の生きた生活誌となる貴重なものなのだ。日頃、仕事が忙しく父母の話し相手になれない私は、太占表の力を借りて父母の記憶の糸を手繰り寄せながら、「忙しさ」にかまけて聞き逃してきた「声なき声たち」に心で詫びた。


 映画作品『オオカミの護符』の中で、武蔵御嶽神社の「太占祭」の一連の様子を具に記録している。貴重な映像を是非ご覧いただきたい。(アカデミック版では割愛)ささらプロダクションのウェブストア Tamaca にて販売中。
取材・執筆者
ささらロゴ 太(印刷)
小倉 美惠子 ささらプロダクション代表/作家
1963(昭和38)年、神奈川県川崎市宮前区土橋生まれ。アジア21世紀奨学財団、ヒューマンルネッサンス研究所勤務を経て、2006(平成18)年に(株)ささらプロダクションを設立。2008年、映画「オオカミの護符―里びとと山びとのあわいに」で文化庁映画賞文化記録映画優秀賞、地球環境映像祭アース・ビジョン賞を受賞。2010年「うつし世の静寂(しじま)に」を劇場公開。2011年「オオカミの護符」(新潮社)を上梓。現在、映画「ものがたりをめぐる物語」を製作中。

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