信州人の企業

「岩波書店、筑摩書房、養命酒、新宿中村屋、セイコーエプソン、ヤシカ、チノン、ハリウッド化粧品、銀座ワシントン靴店、日比谷松本楼、ヨドバシカメラ、タケヤみそ、すかいらーく、みすず書房…。」日本中の誰もが知るであろうこれらの店や会社の創業者は「信州人なのだ。」と、誇らしげに私に語ったのはささらプロダクションの大黒柱で映画監督の由井英。

私はいつものように信州人のお国自慢」として受け流そうと思ったが、なんだか気を惹かれてしまったのだ。名の挙がった会社の多くに、私自身も「佳風(かふう)」を感じ取っていたということ、また、その多くが諏訪に原点を持つということも興味深かった。

新作映画のロケで諏訪に通うようになって足かけ四年。私は諏訪の町で気に入っていることがいくつかある。その一つが他の都市に比べて全国展開のチェーン店が少ないことだ。国道二〇号線などの幹線道路脇には見慣れた店の看板が目につくが、高島城「城下」の町中では、コンビニを探すのにちょっと手間取るくらいなのだ。温泉街を見ても外来の資本と思しき施設は少ない。「寂(さび)れている」というのとは違い、「何か」の力が働いているように感じている。

わが故郷、川崎市北部の多摩丘陵に広がる村々では、昭和五〇年代に、山林や田畑が急激に宅地に変わり都市化していった。都心につながる電車も敷かれ、私は友達と繁華な渋谷や自由が丘に遊びに出るようになった。しばらくすると、町に一軒のコンビニエンスストアができ、その後は雪崩(なだれ)を打つように都心で流行った店が次々と出店してきた。私は流行りの店が来ることを喜び、それが町の価値(ステータス)だと考えるようになった。それから間もなく、残された山林や畑のほとんどが宅地に変わり、顔なじみのおじさん、おばさんが営んでいた地元の小さな店は消えた。

無自覚に、外からやってくる目新しいものをありがたがっているうちに、「町は誰かが作るもの」という他人任せな気分が支配し、地域の主体性、ひいては自分自身の主体性をも明け渡してしまっていた。気づいた時には故郷の面影は失せて、ありきたりな街並みに変わっていた。

近代化の過程で、地域住民が主体性を失わずにあり続けることがどれほど難しいか。だからこそ、信州人が地元に源を持つ企業に誇りと愛着を持っていること自体が、ちょっと驚きであり、何より羨ましかった。

わが町界隈には、今も続々と新しい装いの店がやって来ては、次々に消える。そのサイクルは年々短くなり、今や開店への新たなときめきも、退店を惜しむ気持ちも起きてはこない。感情が摩耗してしまったのかと思うほどに。ただ遠い日に、地元の小さな店が閉じられたときに刻まれた悲しみと後ろめたさが心の奥底でかすかに明滅するのみとなっている。

「企業」とは、ドライで厄介なものだと思ってきただけに、人々が親しみ、心膨らませる信州人の企業の秘密を知りたくなった。

【つづく…】


※ 諏訪式【近代 ものづくり編】は、そもそも「創刊号」に掲載された特集記事です。そもそも第2号は、2016年10月にようやく発行しました。2号では諏訪式【近代 人づくり編】と題し、岩波書店、筑摩書房などの出版業や諏訪にゆかりのある文人に焦点を当て、諏訪のもうひとつの顔、文化的側面を浮かび上がらせています。ささらプロダクションのウェブストア Tamaca にて販売中。

取材・執筆者
ささらロゴ 太(印刷)
小倉 美惠子 ささらプロダクション代表/作家
1963(昭和38)年、神奈川県川崎市宮前区土橋生まれ。アジア21世紀奨学財団、ヒューマンルネッサンス研究所勤務を経て、2006(平成18)年に(株)ささらプロダクションを設立。2008年、映画「オオカミの護符―里びとと山びとのあわいに」で文化庁映画賞文化記録映画優秀賞、地球環境映像祭アース・ビジョン賞を受賞。2010年「うつし世の静寂(しじま)に」を劇場公開。2011年「オオカミの護符」(新潮社)を上梓。現在、映画「ものがたりをめぐる物語」を製作中。

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