「地生え」の企業

わが川崎市の沿岸部や多摩川沿いにも企業や工場がたくさんある。なにせ、高度経済成長を支えてきた京浜工業地帯の中核をなす「工都」なのだ。ところが川崎の工場は地元民が起こしたものでなく、落下傘のように外からやってきた「外様」である。川崎の地着きの農家に生まれ育った私が川崎の企業に愛着を持てない理由はそこにある。

諏訪に通うようになって、ヤシカ、チノン、三協精機といった有名企業が諏訪の地元から生まれた「地生え」であることを知り、さらには世界的なグローバル企業に成長したセイコーエプソンが、今なお諏訪の地に本社を構え続けていることに驚いた。

さて、諏訪においてはヨソモノである私は初歩的なことすら知らず、「諏訪市=諏訪」だと思い込んでいた。ところが「諏訪市、岡谷市、茅野市、下諏訪町、富士見町、原村」の六市町村を合わせた、かつての諏訪郡郡域を「諏訪」と呼ぶのだそうだ。諏訪湖を中心に八ヶ岳や霧ヶ峰も含む広大な地域だ。広いだけでなく、高低差も相当なもの。人口は約二〇万人。その多くは「諏訪の平(たいら)」と呼ばれる諏訪湖周りの盆地に集まっている。

驚くべきことに、この諏訪圏内にはなんと二〇〇〇社を超える「ものづくり企業」が存在するという。一〇〇人に一人が精密機械企業の経営者ということになる。川崎市のお隣り東京都大田区は「ものづくり企業の集積地」と言われ、約四三〇〇社を数えるが、人口割で言えば一五七人に一社と、諏訪圏に及ばない。それにしても、山深い信州諏訪でどのように地生えの企業が生まれ、育ったのだろう…。

観光気分の抜けない「諏訪初心者」の私は、向学のために地元の図書館で資料をあたったが、そこは文系女子の悲しさ。数字やグラフが並んだ産業資料にはお手上げ状態。しばらくして、私にうってつけの虎の巻を手に入れた。その名も『諏訪マジカルヒストリーツアー』。この冊子は諏訪の地元紙・長野日報社が発行したもので、「建築探偵団」や「縄文建築団」などのユニークな活動で知られる建築家の藤森照信さんが、ご自身の地元でもある諏訪について語っていることにまず惹かれた。藤森照信氏の他に、地元経済界の重鎮で元諏訪商工会議所会頭の山崎壯一氏、プロデューサーの立川直樹氏という異色の顔ぶれが、江戸時代の行商から始まり、近代の製糸業そして精密機械工業に至る諏訪の産業の変遷について対談形式で語りあう構成になっている。さらに魅力的なのは、この企画が新聞連載されていた頃に市井から次々に寄せられた声や資料が収められていることだ。そこには地元の人でなければ知りえない、そして語りえない、まさに等身大の声が反映され、地元の新聞の強みが生かされた企画だった。この冊子を土台として、私は自分の目線で諏訪を歩き、人に話を聞き、資料をあたるきっかけをつかんだ。ステレオタイプな「観光目線」を脱し始めたのだ。

【つづく…】


※ 諏訪式【近代 ものづくり編】は、そもそも「創刊号」に掲載された特集記事です。そもそも第2号は、2016年10月にようやく発行しました。2号では諏訪式【近代 人づくり編】と題し、岩波書店、筑摩書房などの出版業や諏訪にゆかりのある文人に焦点を当て、諏訪のもうひとつの顔、文化的側面を浮かび上がらせています。ささらプロダクションのウェブストア Tamaca にて販売中。

取材・執筆者
ささらロゴ 太(印刷)
小倉 美惠子 ささらプロダクション代表/作家
1963(昭和38)年、神奈川県川崎市宮前区土橋生まれ。アジア21世紀奨学財団、ヒューマンルネッサンス研究所勤務を経て、2006(平成18)年に(株)ささらプロダクションを設立。2008年、映画「オオカミの護符―里びとと山びとのあわいに」で文化庁映画賞文化記録映画優秀賞、地球環境映像祭アース・ビジョン賞を受賞。2010年「うつし世の静寂(しじま)に」を劇場公開。2011年「オオカミの護符」(新潮社)を上梓。現在、映画「ものがたりをめぐる物語」を製作中。

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