蚕神|蚕玉様【写真提供:岡谷蚕糸博物館】

「祈り」と「唄」と「ものがたり」

林久美子さんは、岡谷を支えてきた繭や生糸、製糸の魅力を広く伝える学習活動や出前講座などを行っている。小中学生に向き合うとき、人はカイコの「いのち」をいただいてきたことを真摯に伝えている。それは産業の宿命ではあるが、後ろめたさの向こうに生まれる感謝の気持ちを感じてほしいからだという。

カイコは繭になった時点で、保存のために乾燥され命を落とす。繭の中で成長を続ければ、やがて繭を破って糸が取れなくなるからだ。かつての百姓は、暮らしに役立つ存在に感謝しつつ、命を奪わざるを得ないやるせなさを祈りに託し、供養し、物語として語ってきた。遠い昔から明治・大正・昭和の製糸業の栄えた時代に至るまで、養蚕の盛んな村々では「蚕神」の描かれた掛け軸の前に集い、神と共に食事をし、語らう「講」を開いて感謝を表してきた。また、村々の道端やお宮の一角のみならず、製糸場でも「蚕玉(こだま)神」の石碑やカイコの供養塔を建て、業に関わる人々が手を合わせてきた。

そして、百姓がきつい労働を慰めるように歌い継いできた「しごと唄」は、製糸場でも歌われ、農村出身の工女の心を支えてきた。さらに興味深いのは、全国に語り継がれてきた「蚕玉様」という物語の存在だ。

村の若い娘が父の留守に飼い馬と結婚を約束し、それを知った父が激怒して飼い馬を殺してしまう。父は馬の皮を剥いで庭に吊るしておくが、皮は娘を巻き上げてどこかへ連れ去ってしまった。二~三日して見つけ出すと、馬と娘は蚕になって糸を吐いていた。蚕は立派な繭を作り、たくさんの糸ができるようになったそうな…。

この筋立ては、遠野物語にも収められ、東北地方に伝承されている「おしらさま」の物語と酷似している。また養蚕を描いた浮世絵にも逆さ吊にされた白い馬の絵札が描き込まれており、養蚕に携わる人々にとって大事な物語だったことが伺える。

 


養蚕手引艸 

梅堂国政筆(1872年 ?)

蚕繭を棚に並べる女たちの背景に、逆さ吊りにされた白い馬の絵札が描きこまれている。「オシラさま」「蚕玉さま」で知られる馬娘婚姻譚で悲恋のすえに逆さ吊にされた白馬が、蚕の守り神として浸透していたことを伺わせる。


資料提供:五味滋 氏

 

原典を遡ると、中国東晋時代の『捜神記』の馬娘婚姻譚に通じるともいう。養蚕や絹織物の製品や技術は、古代中国からシルクロードを経て世界に伝播したと言われ、数千年の時を経て、ヨーロッパから再び東洋に戻るという壮大な旅をしてきた。その道すがら、人の交わりを通して絹織物にまつわる物語や文化なども各地に根づいたものと思われるが、近代に再び東洋に巡ってきた時には、「物語」は置き忘れられていた。そこに、産業革命以降のシビアな市場経済社会の片鱗を見る思いがする。

それでも日本人は、西欧からやってきた近代製糸業の中にも、古くから養蚕を守り続けてきた信仰や物語を生き継がせた。よくアジアの友人達から「日本には古いものがよく残されているね」と言われ、むしろ意外に思ったものだが、韓国・台湾などのアジアNIES、さらには中国、ASEAN、ベトナムなどは、日本と比べて非常に速いペースで近代化を進めている。発展途上国が近代化を遂げる上で一番最初に導入されるのが繊維・縫製産業と言われているが、アジア新興国が近代化を迎えた一九七〇年代は、既に化学繊維に移行していたために、中国(清末民初時代)以外は「近代製糸業」を基幹産業として経験することはなかった。

日本も駆け足で近代化を成し遂げたと言われるが、一〇〇年以上の歳月をかけている。何よりも、「製糸業」を経験しているかいないかの差は大きいのではないだろうか。「製糸業」を自らの手でつかみ、立ち上がったことと、オートメーションに至るまでのクッション期間を得られたことで、外からもたらされた文明を、自分たちの土地柄に馴染ませられる時間的・精神的余裕が与えられたと考えられないだろうか。

製糸業は日本人に非常に深く大きな影響を与えてきたにもかかわらず、もはや忘れられた存在となってしまっていることを惜しまずにいられない。「生けるカイコ」なくして成り立たない製糸業は、人と自然をつなぎ、東洋と西洋、前近代と近代をつなぐ結節点といってもいいだろう。ここを振り返り、掘り起こすことでまだまだ大切なメッセージが読み取れるに違いない。

【つづく…】


※ 諏訪式【近代 ものづくり編】は、そもそも「創刊号」に掲載された特集記事です。そもそも第2号は、2016年10月にようやく発行しました。2号では諏訪式【近代 人づくり編】と題し、岩波書店、筑摩書房などの出版業や諏訪にゆかりのある文人に焦点を当て、諏訪のもうひとつの顔、文化的側面を浮かび上がらせています。ともに、ささらプロダクションのウェブストア Tamaca にて販売中。
取材・執筆者
ささらロゴ 太(印刷)
小倉 美惠子 ささらプロダクション代表/作家
1963(昭和38)年、神奈川県川崎市宮前区土橋生まれ。アジア21世紀奨学財団、ヒューマンルネッサンス研究所勤務を経て、2006(平成18)年に(株)ささらプロダクションを設立。2008年、映画「オオカミの護符―里びとと山びとのあわいに」で文化庁映画賞文化記録映画優秀賞、地球環境映像祭アース・ビジョン賞を受賞。2010年「うつし世の静寂(しじま)に」を劇場公開。2011年「オオカミの護符」(新潮社)を上梓。現在、映画「ものがたりをめぐる物語」を製作中。

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