中馬【写真提供:諏訪市博物館】

風土と身体

製糸業は、「カイコ」の質を左右する風土の力に加え、工女の技能など随所に人間の身体性が生かされてきた産業でもあったが、科学技術の進展とともに人の手技(てわざ)は機械作業に置き換わり、身体技能の差は「ばらつき」として克服されるべきものとされ、最も均質で効率のいい全自動(オートメーション)の時代に入っていく。

京都の電気機器メーカー「オムロン」の創業者立石一真氏は「機械にできることは機械に任せて、人間はもっと創造的な分野で活動を楽しむべき」との信念で製品づくりに取り組んだという。この考えには、にわかに同意しかねるが、今後ますます「仕事」と「稼ぎ」、そして「人の生き方」が大きく問われる時代に入るだろう。

社会の都市化、グローバル化が進むほど、お金でものを買う「消費者」に身を置かざるを得ない。お金への依存度が高まれば、収入を得るために職を得なければならない。ところが、仕事は機械や海外の安い労働力にとって替わられる。近代化の恩恵を得て、いよいよ人は充実した生き方を求められるはずだったが、実のところ、より強い「不安」に苛(さいな)まれるようになっている。どこかでボタンを掛け違えてしまったのだろうか

改めて私は「人が背負う。」という言葉の重みを思い起こしている。諏訪で何人もの人から聞いた言葉だ。

諏訪から外の世界に出るには、必ず山を越えねばならない。細く長い峠道を大きな荷物を背負って人が往来する姿が浮かぶ。それは遠い昔から最近まで続いてきた行為だ。それこそ和田峠や八ヶ岳産の黒耀石が日本各地にもたらされた時代から寒天や海苔、繭などの行商はもとより、諏訪精工舎の山崎久夫も、時計や修理用具を入れた風呂敷包みを背負って行商したといい、エプソンOBの堀内義彦さんによれば、昭和四〇年代頃まで、セイコーの高級腕時計を東京の服部時計店に納入する際にも、やはりリュックに詰めて人が背負って行ったと聞く。最も印象深いのは、諏訪市中洲の「風樹文庫」に大事に保管されている古びたリュックにまつわる話だ。「風樹文庫」は岩波書店の出版物の全てが寄贈されている市立図書館だが、それは敗戦直後に、東京神田の岩波書店までリュックを背負って、本を直接受け取りに通った地元の青年たちの行いに始まる。これは岩波書店の創始者である岩波茂雄が中洲の出身であることに由来するのだが、この逸話については、次号でじっくり紹介する。

いずれにしても「人が背負う」姿に、諏訪の人達はひとしおの思いを持っているという気さえする。そこには「郷愁(ノスタルジー)」の一言で片づけてはならない大切なものが宿っていそうだ。諏訪のものづくりが得意とする「軽くて小さなもの」。そこには「人が背負う」という感覚がDNAに刻まれ、ものづくりに反映されているように思うのだ。

人間の身体に刻まれた感覚が、それぞれに異なる風土の中で培われてきたとすれば興味深い。風土と連動した身体があったことによって、これまでの日本の「ものづくり」は魅力的であり得たのではないだろうか。

グローバリズムは、身体を風土から引き剥(はが)しつつある。現代人の不安はそこから発していると考えるのは間違っているだろうか。そして「何かとつながりたい」と切実に望む若者が増えていることに、真摯に向き合わなければならないのではないだろうか。

【つづく…】


※ 諏訪式【近代 ものづくり編】は、そもそも「創刊号」に掲載された特集記事です。そもそも第2号は、2016年10月にようやく発行しました。2号では諏訪式【近代 人づくり編】と題し、岩波書店、筑摩書房などの出版業や諏訪にゆかりのある文人に焦点を当て、諏訪のもうひとつの顔、文化的側面を浮かび上がらせています。ともに、ささらプロダクションのウェブストア Tamaca にて販売中。
取材・執筆者
ささらロゴ 太(印刷)
小倉 美惠子 ささらプロダクション代表/作家
1963(昭和38)年、神奈川県川崎市宮前区土橋生まれ。アジア21世紀奨学財団、ヒューマンルネッサンス研究所勤務を経て、2006(平成18)年に(株)ささらプロダクションを設立。2008年、映画「オオカミの護符―里びとと山びとのあわいに」で文化庁映画賞文化記録映画優秀賞、地球環境映像祭アース・ビジョン賞を受賞。2010年「うつし世の静寂(しじま)に」を劇場公開。2011年「オオカミの護符」(新潮社)を上梓。現在、映画「ものがたりをめぐる物語」を製作中。