氷餅作り【写真提供:諏訪市博物館】

「人力(じんりき)エネルギー」

私の周りで、手芸、工芸などの「手しごと」を始める女性たちが増えている。同世代やそれより若い人たちに多い。それはアクセサリーづくり、裁縫、料理といった身近なものから、紙漉き、機織り、染色、陶芸など技術の要るもの、さらには野良仕事まで様々だ。どれも動力を使わず、手間を惜しまない身体性を伴う「しごと」であることに特徴があり、意味がある。ほとんどの人が会社勤めを経験しているが、「機械化」し、巨大なシステムとなった会社生活の中で「乾いて」しまった「自らの感性と身体」を解き放ち、潤いを取り戻そうとしているかのように見える。そのどれもが単なる趣味ではなく、他者とつながりあうための「自らの表現」として、創意に満ちている。

私たちは、一九八六(昭和六一)年の男女雇用機会均等法施行と同時に社会に出た世代で、当時は「女性も手応えのある仕事ができるようになる」と、希望を膨らませていた。ところが膨張し続ける市場経済を足場とする会社組織の中で、「人としての潤い」は枯渇していった。ある日、満員電車の窓に映しこまれた無表情な自分の顔を見て愕然としたと同時に、周りの人たちもまた疲れ切って、力なく視線を宙に泳がせていた。その姿を見るにつけ「何かが違う」という思いを強くしていった。会社での時間を有意義なものにしたいと考えていた時期もあるが、やがて会社生活に自分自身の「やり甲斐」や潤いを求めることをやめた。「機械でなく、人にしかできないこと」「自分のリズムに合った仕事」は、会社が与えてくれるわけではなく、自分自身で探し、作り出す以外にないことを覚ったからだ。人の能力を代替させる技術よりも、人に備わった固有のリズムや「知られざる可能性」にアプローチする道に光を感じた。

環境破壊やエネルギーの枯渇が深刻化する中で、「風力」や「水力」など自然エネルギーが再び注目されつつあるが、「人力(じんりき)」という莫大な自然エネルギーの使われ方に、もっと関心が注がれてもいいのではないだろうか。人の力を引き出すのは、競争や報酬だけではないはずだ。

製糸業も精密機械産業も、始まりはたった数人の小さな小さな集団から始まった。寸暇を惜しまず、寝ずに働く日もままあったようだが、それでも自らの内側からあふれ出る「やる気」が、それを支えていた。そのがむしゃらな「熱」こそが、会社の原動力だった。そして日本にも諏訪にもグローバル企業と呼ばれる巨大な会社が育った。その過程で「経営者」と「労働者」が生まれ、労働争議も起こった。家族という身内同士、あるいは信頼できる友人同士から始まった会社に、社員が増えてくれば、当然のように立場の違いによる意識の隔たりが生まれ、対立も起きてくる。

私自身、自ら会社を運営するようになった今でこそ、「休日返上」当たり前、労働対価も顧みずという日々を送っているが、会社勤めをしていた頃は「週休二日、給与ボーナスはより高く、福利厚生が保障され」と、いくつもの条件が揃わなければ満足できなかった。

家族経営から出発した諏訪の企業が次第に大きくなり、「私的な会社」から「社会の公器」へと脱皮していく過程で経験した困難には、今も大いに学ぶところがあると感じている。

信濃毎日新聞の連載に、サンコー創業者の田村富男氏の手記が取り上げられている。サンコーも諏訪の精密機械工業を担ってきた大きな企業だが、原点は三人兄弟で始めた三光製作所という小さな会社だ。氏は幼少の頃から生涯にわたって、大変な苦労の連続なのだが、中でも従業員との意識に差が生まれ、階級闘争を煽るイデオロギーとあいまって組織された労働組合との熾烈(しれつ)な交渉の中で、「企業」とはどうあるべきかに悩み続けた赤裸々な告白は、経営者の貴重な記録だと感じる。いつの世でも、経営者の目指すものと労働者の望みには相容れないものがあるが、製糸業の頃から諏訪の経営者側と、山深い農村から集められた工女や従業員達は、必死でその接点を探ろうとしてきた痕跡を感じる。

ところが時代はさらに下り、創業時のエネルギーを失い、組織の維持が目的化した企業には、新たな地平を切り拓く力は失われつつある。会社に縛られたくない人々、自然との触れあいや人間としての根源的な生きる力を回復したいと望む人々が増える中で、企業と個人の関係は、新たな局面を迎えつつある。

【次回は最終回】


※ 諏訪式【近代 ものづくり編】は、そもそも「創刊号」に掲載された特集記事です。そもそも第2号は、2016年10月にようやく発行しました。2号では諏訪式【近代 人づくり編】と題し、岩波書店、筑摩書房などの出版業や諏訪にゆかりのある文人に焦点を当て、諏訪のもうひとつの顔、文化的側面を浮かび上がらせています。ともに、ささらプロダクションのウェブストア Tamaca にて販売中。
取材・執筆者
ささらロゴ 太(印刷)
小倉 美惠子 ささらプロダクション代表/作家
1963(昭和38)年、神奈川県川崎市宮前区土橋生まれ。アジア21世紀奨学財団、ヒューマンルネッサンス研究所勤務を経て、2006(平成18)年に(株)ささらプロダクションを設立。2008年、映画「オオカミの護符―里びとと山びとのあわいに」で文化庁映画賞文化記録映画優秀賞、地球環境映像祭アース・ビジョン賞を受賞。2010年「うつし世の静寂(しじま)に」を劇場公開。2011年「オオカミの護符」(新潮社)を上梓。現在、映画「ものがたりをめぐる物語」を製作中。