写真(上):セイコーエプソン本社(長野県諏訪市)|味噌蔵を改築した工場から始まった。

「外来者」と渡りあう
「合わせ技」といえば、諏訪精工舎がまさにその典型といえるだろう。などと書くと、いかにも事情通のようだが、実のところ諏訪に来るまで「服部セイコー」と「第二精工舎」、「諏訪精工舎」の違いがまるでわからなかった。その違いは、山崎久夫という一人の諏訪人の誠意と情熱に満ちた不屈の行動を追う中で、はっきりとした輪郭が描けるようになっていった。

山崎久夫は三協精機の山田正彦より一〇歳年上で明治三七年に諏訪に生まれている。生家は町の小さな時計店で、服部時計店の創業者・服部金太郎に憧れていた久夫は、一五歳で東京の服部時計店に丁稚奉公(でっちぼうこう)に入った。四年後の大正一二年に関東大震災で服部時計店が被災したことから実家に戻り、折から斜陽を迎えていた製糸業の工女を雇い入れ、服部時計店から時計の組み立ての仕事を請け負い、店を大きく育てた。

「諏訪に製糸業に変わる新たな産業を」と考えた山崎は、なんと服部時計店の生産工場を諏訪に誘致することを考え、地元諏訪市の協力も取り付け、積極的な働きかけを始める。折しも戦争が本格化しつつある中で、服部時計店側も生産部門である第二精工舎工場の疎開を考えていたことから、山崎の熱意が通じ、諏訪への疎開が決まったという。

山崎はさっそく諏訪市大和(現セイコーエプソン本社所在地)に土地を買い、味噌蔵を改造して工場とした。第二精工舎の工場長布施義尚を社長に迎え、山崎を取締役として昭和一七年五月に第二精工舎の協力工場「大和(だいわ)工業」が操業する。

しかし、時は戦時下。山崎の時計製造の思いも空しく、大和工業も軍需生産に転換せざるを得なかった。そしてさらなる戦況の悪化によって、服部時計店は第二精工舎を桐生、富山、仙台、諏訪に分散疎開させ、山崎の強い働きかけを受けて服部時計店の専務(後に第三代社長)服部正次一家も諏訪に疎開してきた。

終戦を迎えると、疎開した各地の第二精工舎工場は東京に引き揚げを始めたが、最終的に諏訪だけに工場が残された。その陰には、窮乏極まる中で、都会から疎開してきた第二精工舎の工員らに不自由をさせまいと、住宅を確保し、焚き木を得るための山を買い取って自ら伐り出し、危険を顧みずヤミ米や食料を確保するなど身を挺して奔走した山崎久夫の献身があるという。「諏訪に時計工場を」とひたすらに願った山崎の思いは叶い、戦後、大和工業と第二精工舎諏訪工場はそれぞれの力を合わせて時計の生産を始める。諏訪人の熱意と疎開組の技術力の結集が生んだ腕時計「マーベル」が爆発的な人気を得て諏訪精工舎が誕生する。まさに「諏訪+精工舎」。内なる力と外の力の「合わせ技」であり、その後の「諏訪精工舎」は、東京オリンピックの公式計時の担当を機に、クオーツ腕時計の実用化などの実績を重ね、セイコーグループを牽引するほどの力を発揮していく。

 戦時中、諏訪には帝国ピストンリングや高千穂光学(現オリンパス)、日本光学(現ニコン)などの企業が疎開し、そのまま根を下ろした企業もある。地生えの光学機器メーカーである日東光学やチノンなども外来企業の力をテコに、自力で会社を成長させている。この「内なる力と外の力の合わせ技」という力学は「黒耀石の加工流通」同様に、かなり古くから諏訪人の精神の基層にあるように思われる。そう考えるきっかけとして、新作映画『ものがたりをめぐる物語』の取材で知った「ある神話」の存在がある。その神話を手短かに紹介しよう。

大和王権が各地の勢力をまとめ上げようとしていた時代、大国主命の息子として出雲の国譲りに抗い続けていた「建御名方(タケミナカタ)神」が戦いに敗れ、諏訪に飛ばされた。そこで諏訪の在来勢力「洩矢(モレヤ、モリヤ)神」と闘う。戦いには勝利したが、在来勢力の「洩矢神」と実質的な並立関係が持続していく様が『諏方大明神絵詞』に記されている。戦いに勝った外来者が先住者を駆逐せずに共存していく姿に「合わせ技」の伝統を感じる。また、在来の洩矢神側に比べて外来の建御名方側は、より高度な文明や技術を持っていたと思われるが、洩矢側はその力を引き入れることで、土着のDNAを温存し続けたとも考えられる。この地下水脈のような土着のDNAが、時代を問わず必要に応じて間欠泉のごとく諏訪人の行動原理として現れてくるところに、諏訪の土地柄の不思議さと魅力があるのではないだろうか。

【つづく…】


※ 諏訪式【近代 ものづくり編】は、そもそも「創刊号」に掲載された特集記事です。そもそも第2号は、2016年10月にようやく発行しました。2号では諏訪式【近代 人づくり編】と題し、岩波書店、筑摩書房などの出版業や諏訪にゆかりのある文人に焦点を当て、諏訪のもうひとつの顔、文化的側面を浮かび上がらせています。ささらプロダクションのウェブストア Tamaca にて販売中。

取材・執筆者
ささらロゴ 太(印刷)
小倉 美惠子 ささらプロダクション代表/作家
1963(昭和38)年、神奈川県川崎市宮前区土橋生まれ。アジア21世紀奨学財団、ヒューマンルネッサンス研究所勤務を経て、2006(平成18)年に(株)ささらプロダクションを設立。2008年、映画「オオカミの護符―里びとと山びとのあわいに」で文化庁映画賞文化記録映画優秀賞、地球環境映像祭アース・ビジョン賞を受賞。2010年「うつし世の静寂(しじま)に」を劇場公開。2011年「オオカミの護符」(新潮社)を上梓。現在、映画「ものがたりをめぐる物語」を製作中。

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