写真(上):岡谷からの眺望【諏訪市博物館 提供】 諏訪湖の奥には、八ヶ岳の裾野に広がる上諏訪、茅野方面と富士山が見える。

百姓と丁稚奉公

三協精機の創業者の一人である山田正彦が、自らを「百姓」と名乗り、百姓であることを忘れることのないよう戒めていたことを思い返すとともに、「丁稚奉公」という言葉に久々に出会えたことがなんともゆかしく思えた。諏訪精工舎の礎を築いた山崎久夫も、東洋バルヴ創業者の北澤國男も、一五歳で丁稚奉公に出ている。

「十五歳」というのは、かつての社会ではとても大事な年齢だった。親の庇護からいよいよ脱し、身一つで世間の風に当たらなければならない齢とされてきた。「一五の歳になると村の寄合や講の一員として、一人前として扱われるようになる」と教えてくれたのは、これまでの映画の取材を通して出会った農村の古老たち。商家の息子や農家の次三男であれば男子は丁稚奉公に出て商いの「いろは」を身に着け、 女子は女中奉公で行儀見習いをしたという。

奉公とは今の社員制度とは違い、行儀見習いや店の下働きから、店の切り盛りの一切を経験し、店を持つに至るまでの修行のようなもので、親元では身につかない社会人としての基礎を仕込んでもらう場でもあった。最初は「小僧」から始まり、約一〇年間は給金をもらえなかった。店の主人に認められると「手代」となり、その後の精進によって「番頭」にまで昇格すると、暖簾分けして店を持てる身分となる。

使用人と奉公人は、一つ屋根の下に寝起きを共にすることも多く、文字通り「同じ釜の飯を食う」間柄であり、家族のような絆で結ばれていたようだ。

奉公先で「さきどん」と呼ばれていた山崎久夫は、服部時計店の創始者で店主であった服部金太郎から叱られることもあったといい、直接に触れあう機会があったことをうかがわせる。山崎が、あれほど熱心に服部時計店との関係を保ち、守ろうとしたのも、丁稚奉公という関係性があったからではないだろうか。

また、北澤工業の創始者である北澤國男も紅花商の丁稚をしていたという。繭の仲買人に転向してからの彼の機転や商業的な勘どころなどは、丁稚時代に培われたものとされている。

「可愛い子には旅をさせろ」という諺があるけれど、単に旅行させるという意味ではない。旅の語源は「他火」とされ、「他火にあたる」つまり、「人様の懐に入ってご厄介になる」ことの大切さを説いた言葉だといえる。奉公先では、厳しい躾(しつけ)やしがらみの中で歯噛みするような思いも重ねただろうが、心に沁み入るような思い出もあっただろうし、机上では身につかない大事なものを存分に吸収する場でもあったろう。たしか、松下電工(現パナソニック)の松下幸之助や本田技研の本田宗一郎も丁稚奉公から身を立てたと聞くが、江戸時代から続く丁稚奉公制度は、戦後の義務教育の浸透と入れ替わるように消えた。日本の近代化は一朝一夕に行われたものでなく、むしろ前近代的なものを存分に身に宿した世代が、現代の礎を築いてきた。

今では、誰もが企業に就職するのが当たり前と考え、「仕事」とは会社から与えられるものと思っている。よい企業に入り、よい仕事に就く前提として学校教育や学力の向上を必須のものと考えるが、誰もが一律にお仕着せの学科を学ぶだけでなく、幅広く実践から学んだり、自分自身の感性を磨くような道が再び開かれることを望むべきではないだろうか。それが多様性を生み、豊かな未来を切り開く土台となるように思うのだが

「前近代」というものは、封建的、閉鎖的、非科学的といったマイナスイメージの中に押し込められたまま、戦後はほとんど顧みられることはなかったが、むしろ近現代を生み出したエネルギーの源と見れば、「前近代」にこそ大きなヒントがあるのではないだろうかと改めて考えさせられている。

【つづく…】


※ 諏訪式【近代 ものづくり編】は、そもそも「創刊号」に掲載された特集記事です。そもそも第2号は、2016年10月にようやく発行しました。2号では諏訪式【近代 人づくり編】と題し、岩波書店、筑摩書房などの出版業や諏訪にゆかりのある文人に焦点を当て、諏訪のもうひとつの顔、文化的側面を浮かび上がらせています。ささらプロダクションのウェブストア Tamaca にて販売中。

取材・執筆者
ささらロゴ 太(印刷)
小倉 美惠子 ささらプロダクション代表/作家
1963(昭和38)年、神奈川県川崎市宮前区土橋生まれ。アジア21世紀奨学財団、ヒューマンルネッサンス研究所勤務を経て、2006(平成18)年に(株)ささらプロダクションを設立。2008年、映画「オオカミの護符―里びとと山びとのあわいに」で文化庁映画賞文化記録映画優秀賞、地球環境映像祭アース・ビジョン賞を受賞。2010年「うつし世の静寂(しじま)に」を劇場公開。2011年「オオカミの護符」(新潮社)を上梓。現在、映画「ものがたりをめぐる物語」を製作中。

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