渓流の岩に仮眠する岩波茂雄(苗場山登山)
「写真でみる岩波書店80年」より

「茂雄さを悪く言う人はいねぇだよ。」

そう言うと、古老は墓の前で手を合わせ、風で倒されたままになっていた卒塔婆を立て直し、愛おしそうにさすった。ここ中金子(諏訪市中洲)の*小泉寺には岩波書店の創業者・岩波茂雄が眠っている。70年も前にこの世を去った稀代の出版人のことを、まるで身内のように「茂雄さ」と呼んで偲ぶ古老の姿は、私の内なる何かを揺り動かした。

実をいうと、岩波茂雄を慕う人が今も故郷にいるというのは意外だった。予備知識では、農家の長男にもかかわらず、茂雄は先祖伝来の田畑屋敷を売り払い、それを元手に神田神保町に古本屋「岩波書店」を開いたと聞いていた。中学に入るために、初めて上京する際も、親類や集落を上げての猛反対が避けられぬと考えた母が一計を案じ、人知れず未明に東京へ向けて出立したという。農村出身の私には、村落社会に生きた親類縁者の反対がいかなるものであったか想像に難くない。実際、茂雄の伯父は酔った勢いで刀を振り回し「御先祖の田畑を売るとは何たる罰当たりだ」と大声で怒鳴りちらして茂雄を追い回し、辺りに人だかりができたほどだったという。

一方で、茂雄は地縁血縁が取り巻く前近代的な田舎のしがらみから逃れたかったのではないだろうかとも思った。そこに、自らの〝根〟を断ち切ろうとした「近代知識人」としてのクールな一面を見ようともしていた。つまり「故郷を捨てた」のだと思っていた。それだけに、郷里では快く思われていないのではと想像していたのだ。

古老の名は伊藤文彦さん。この中金子で生まれ、市の教育委員会に奉職し、今では村の暮らしに身を添わせているという。平成二七年のこの年、齢八十になったという文彦さんは、「茂雄さは、中金子のためにうんと尽くしてくれたずら」と、すぐそばを流れる宮川の方を見つめながら感慨深げに語った。茂雄は東京に出てからも、村の行事に顔を出しては、家々への挨拶回りを忘れず、さらには村の暮らしの向上に役立つと思えば、多額の資金の提供も惜しまなかったという。風樹会館と名付けた公民館を建ててくれたのも茂雄だが、とりわけ、集落の生活用水であった宮川が腸チフスにより汚染された時には、安全な水源から水路を引くための莫大な資金を用意してくれたという。清らかな飲み水を確保できた村人は大いに喜び、感謝したのだと言った。

伊藤さんのお話に登場する「茂雄さ」は、良書を世に出し続け「近代日本の知の土壌」を築いた岩波茂雄の見えざる基層を垣間見せてくれた。

中金子の小泉寺には岩波茂雄の先祖代々の墓所がある。茂雄の遺骨は鎌倉・東慶寺からの分骨とのこと。

【つづく…】


そもそも第2号 

【特集】第2章 近代 人づくり編 出版王国諏訪

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取材・執筆者
ささらロゴ 太(印刷)
小倉 美惠子 ささらプロダクション代表/作家
1963(昭和38)年、神奈川県川崎市宮前区土橋生まれ。アジア21世紀奨学財団、ヒューマンルネッサンス研究所勤務を経て、2006(平成18)年に(株)ささらプロダクションを設立。2008年、映画「オオカミの護符―里びとと山びとのあわいに」で文化庁映画賞文化記録映画優秀賞、地球環境映像祭アース・ビジョン賞を受賞。2010年「うつし世の静寂(しじま)に」を劇場公開。2011年「オオカミの護符」(新潮社)を上梓。現在、映画「ものがたりをめぐる物語」を製作中。

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