SomoSomo 【旅立ち】では、9月下旬に信州の野尻湖、戸隠、安曇野を巡ってきた旅についてお届けしています。その2回目、戸隠神社を訪ねたときのレポートです。


午前中に野尻湖を離れ、黒姫山を回り込むように道を進みながら戸隠神社へ向かった。車窓から入ってくる風が心地よく、日差しも穏やかな光を注いでいてくれた。それでも道の両側に広がる木々は、ところどころにほんのり朱や黄に色を変え、秋の訪れを予感させる。秋が来れば、追いかけるようにやってくるのが信州の冬だろう。やがてこの辺り一帯は雪に覆われる。そう考えると、まだ緑色を残した多くの木々たちももう冬支度を整え始めているのかもしれない。当然ながら彼らはこの土地の風土に詳しい。今年の冬はいつごろ来るのかも知っているだろう。私は新参者で何も知らない。

道をしばらく進むと、突然、戸隠神社の奥社が現れた。これには驚いた。里宮に気づかないで通り抜けてしまったのだろうか。

「いや、そんなはずはない」

自分は一体今どこにいるのだろうか。自分の中にある方位磁針が右にも左にもクルクル回り出した。しかし何時まで経っても私の針は一つの方向を示してはくれなかった。車を降りて後ろを振り返ると、先ほどまで日差しを差し込んでくれた空はもうネズミ色の厚い雲に覆われている。樹木を吹き抜ける風はひんやりとしてきた。辿って来た道を振り返ると、下から自分を覆い隠すかのように霧が立ち込め、近づいてくる。狐にでもつままれたのだろうか。車のサイドミラーを覗き込むと、さして特徴もないいつもの自分の顔が映し出されている。突然、顔の後ろに何か黒い影が通ったのが見えた。後ろを振り返ると、霧はいままさに自分を飲み込むところまで近づいてきている。霧の中から何者かが自分を見つめているような気がする…

突然書き口がミステリー小説風に変わってしまった。戸隠について書いているのだから無理も無い。それにしてもかなり話を膨らませ大げさな表現になってしまったが、実際に自分がどこにいるのだろうかと疑ってしまったのは事実だ。

よくよく落ち着いて考えてみると、何てことはない。野尻湖から戸隠に向かうと、戸隠の山の奥から里へ下りていくように道は続いている。そう考えれば奥社から出会うのは当たり前なのだが、一般的に神社をお参りすると思うと里宮から奥宮へ、階段を下から上へと徐々に登っていく感覚を抱くが普通だろう。だから突然、奥社の姿を見たときに戸惑ってしまったのだ。今から考えると恥ずかしいのだが。

奥社の入り口にある鳥居の前を通り抜け、中社に着く。戸隠神社は、中社、奥社、宝光社の三つの社からなるという。明治に入り神仏が分けられる前は、中院、奥院、宝光院と名乗った。つまり、もともとは寺であったわけだ。中社のそばにあるそば屋で(つまらない駄洒落になってしまった)昼食をすませ、再び野尻湖に戻るような道筋をたどり、奥社に着く。そして参道を歩き始めた。日差しは依然として心地よく降り注ぎ、参道には樹木や葉っぱの影が折り重なり様々な模様を描き出していた。私の下手なミステリー小説風のシーンとは異なり、この日は一日中天気に恵まれた。

 

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戸隠神社の奥社には何の前知識も入れないで訪れた。古事記にゆかりのある手力男を祀る社だということぐらいしか知らない。奥社の参道は延々と続く。「まだ続くの〜」と一度ならず、二度、三度と繰り返すぐらい長い。あなただったら、5回ぐらい繰り返すかもしれない。途中、雨に降られたら、「ちょっと傘を取りに戻るよ」というわけにはいかないほど長い参道なのだ。そんな長い参道をあなたは想像できるだろうか。これは後で聞いた話だが奥社に着く前に途中で折り返し、帰ってしまう人もいるそうだ。

参道の入り口にある鳥居から奥社までのちょうど中間地点に、隋神門がある。ここを抜けるとあたりの雰囲気がガラリと変わる。道行く人を杉並木が覆いかぶさるように迎える。

 

 

この杉並木を抜け、しばらくすると階段が見えてくる。この階段までくれば、奥社に着いたも同然だ。案内標識によると、入り口から隋神門までが20分、そこから奥社までが20分ということだ。写真を撮りながらゆっくり歩いたせいか、実際にはもうちょっと時間がかかったような気がする。

 

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奥社に着くと、背後に戸隠山がよく見えた。この奥社は戸隠山を拝み、祀ることがこの写真からも容易に想像出来る。また、ここが山岳信仰の聖地であり、修行場であったことも納得出来る。ああいう山の頂きを見ると山に登ってみたいという人がいると思うが(実際に登山道はある)、私は御免こうむりたいタイプの人間だ。仕事以外で山に登ることは滅多に無い。
 
お参りを済ませ、帰り道を辿った。途中、隋神門の辺まで登ってきた人に声をかけられた。奥社までまだ随分あるのかと… 見るからに人柄の良さそうな初老に入ったおじさんだった。私はいたずら心をくすぐられ、「これからが本番です。ここはまだ序の口です」と言ってしまった。(ごめんなさい、おじさん。本当はもう半分も無いのに)
 
するとおじさんは、隣にいた同じぐらいの年齢の男女2、3人と顔を見合わせ、「え〜」と声を上げた。去り際に私が本当のことを伝えるとホッとしたようにみんなで笑いながら歩いて行った。気さくな人たちだった。
 
こうして2ヶ月ほど経ってから旅の記憶を辿りながら書いていると、奥社の参道は私の印象に強く残っている。真夏の太陽で黒々と焼いた地肌が秋になっても焼き付いて消えないように。しかしそれがなぜなのかがわからない。なぜあの参道がそんなにも私を引き付けるのだろうか。言葉にできないもどかしさを感じながらこの行でかなり時間を費やして黙考した。ようやく何か書けると思うまでに3日ほどかかった。まだうまく表現できないかもしれないが、自分が感じているのは概ね次のようなことだろうと思う。
 
まず参道が奥社まで、ほぼまっすぐ伸びていることがとても気になる。神社はその理由を奥社までの最短距離をたどるためだと説明するかもしれない。あるいは「特別な理由などない」と答える可能性も十分ある。しかし参道を歩く人間からすると、歩いているうちに自分の中に何かが作用する(働く)のを感じる。少なくとも私の場合はそうだった。
 
鳥居をくぐると奥社近くの階段まで、ほとんど人工物には出会わない。もちろん中間地点には隋神門がある。参道は踏み固められているし、石碑もところどころに見受けられる。道の両脇にはおそらく人が掘り、水も流されている。杉並木には石垣が作られている。それらから人の匂いを感じないわけではない。しかし、それらはその場の自然を損ねるほどではないし、むしろ全く気にならない。だから人の感覚としては、歩けば歩くほど深い森に入っていくよう気持ちになる。森は心理学的に言えば己の深層心理にも例えられるのかもしれない。
 
 
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つまり参道を歩く人はそれぞれ奥社という仮の目標を目指しながら、実は自分の深層心理のある地点に辿り着こうとしているのではないか。そしてたどり着いたら、そこから引き返し元の世界に戻っていく。だから再び鳥居に戻った時には、不思議と『何かをくぐり抜けてきた』という感覚を抱く。この「抜けてきた感」を抱かせる働きがこの参道にあるのではないか。私にはそのために参道が真っ直ぐ伸びているように思える。仮に参道がくねくねした道であったり、上り下りの激しい道であったりすると「くぐり抜けてきた感」は抱かないのではないかという気がする。 
 
そうやって自分の中の深い穴のようなところを潜り、奥社に至って出会ったのは何だったのだろうか。それは日常の暮らしの中では出会えないもう一人の自分なのかもしれない。あなたも戸隠神社奥社を訪れ、森の中の参道を歩き、自分の知らない自分に向き合ってみてはどうだろうか。

しかし実際のところ、私が鳥居に戻ってきた時点では(この世に戻ってきた時点では)、そんなことは何も考えず、ただ「やっと戻ってきた〜。疲れた〜。おお、ちょうどいいところのお茶屋さんがあるぞ。何かアイスを食べたくなってきたな〜」と言って抹茶アイスを食べただけだった。私がたどり着いたのは鳥居近くのお茶屋さんだった。抹茶アイス、おいひ〜。 


さて、次は旅の最終地、安曇野を訪れた時のことをお届けします。安曇野では一日中雨に降られました。しかし、その雨が導いた不思議な出来事について書きます。どうぞお楽しみに…

文:由井 英(映画監督)