写真(上):臼井吉見(左)と古田晃(右)|筑摩書房を起こした二人【写真提供:塩尻市立図書館】

昨年の秋に野尻湖、戸隠、安曇野と巡ってきた【旅立ち】シリーズの最終章。安曇野への旅を振り返ってみたい。もう昨年の秋のことだから正直言ってあまり覚えていない。その一方でいまだに心に残っていることもある。そこには大切な意味があるのではないかと思っている。ここで書くことによって、それを明らかにしてみたいと思う。手がかりはある。安曇野のホテルで偶然見つけた「ふるさと常念」という小さな冊子だ。


私はホテルのラウンジに座って窓ガラスを打ちつけている雨粒を見ていた。雨粒はいくつか重なり合うと大きな雫となり、幾何学的な模様を描き、やがて細い川となって上から下へと流れる。その変わりようが面白かった。まるで生き物を見ているようだ。

はじめに細長い直線の雨は、建物の軒下を斜めにくぐり抜け、ガラス窓に当たる。すぐに平べったく形を変え、雨粒としてガラスに張り付く。しばらくするとそこに新しい雨粒が重なるように当たり、形がさらに変わる。そして、三つ、四つと当たるうちに粒は水を多く含んで盛り上り、大きな雫となる。「あと一粒だろうな」と思っていると、最後の一粒がそこに当たる。雫は新たな命を与えられたようにふるふると動き出し、終にはガラス窓を流れ下る。いつまで見ていても飽きることはなかった。

しかしその気持ちに反して、私の目はガラス窓の上で展開されている小さな生命の営みから、その奥に見える中庭に照準を合わせた。カメラのレンズがピントを合わせるように視点が遠景へと移るにしたがって、雨粒はぼやけ、中庭に広がる緑の芝生が鮮やかに見えてきた。

今しがたまで「雨粒」に見入っていた私は、ふいに晴れた日の中庭の様子を夢想していた。青空から日差しが降り注いでいる。中庭は心地よい場所だった。落ち着いた色のパラソルが開き、白いテーブルと椅子が並べられ、食事をとることができる。山から吹き抜ける高原の風は清々しく人々の会話にリズムを与え、軽やかに抜けていく。朝食では数種類の焼きたてのパンが出され、卵は料理の仕方を問われ(私は目玉焼きと迷いながらもオムレツにする)、地元産のフレッシュな野菜のサラダに果物のジュース、程よく熟成されたソーセージやハムなどが並べられる。

しかし今日は雨が降っている。パラソルは閉じられテーブルはホテルの建物の軒下に追いやられ、椅子はテーブルの上に逆さにして乗せられている。それでも芝は、まるで人間から解放されて嬉しいと言っているように青々としている。これが本来の私の姿だと…

せっかく安曇野まで来たのだからホテルに閉じこもっていても仕方がないと思いつつ、そうかと言って理由もなしに外に出る気にはならなかった。雨が降っていなければ訪ねてみたいところはあった。そもそも今回の旅の目的は安曇野に来ることにあった。臼井吉見の故郷だからだ。臼井吉見は筑摩書房の創業者の一人である。臼井の生まれた安曇野とはどんなところなのだろうか、という素朴な問いが私にはあった。

そもそも2号で、小倉と私は諏訪に所縁のある文人や出版人を取材していた。岩波書店の創業者の岩波茂雄から派生して私たちの意識はいつしか筑摩書房にも向けられていた。なぜ信州人はこれほどに志ある出版業を起こすことができたのか。岩波書店、筑摩書房、みすず書房、古今書院…それぞれの「立ち位置」で異彩を放っているが、その仕事ぶりには共通した哲学も感じることができる。おそらくそれは信州人の気質からくるもので、それを明らかにしてみたかった。

古田 晃 【写真提供:塩尻市立図書館】

筑摩書房の創業者というとまず古田晃を挙げなければならないろう。この人ほど信州人の枠から外れた人もいない。人好きで、酒が好きで、したがって宿命的に人をもてなすことが好きで、たくさんの文人と交流を持ち、経済的にも精神的も彼らを支援し、先祖が築いた財産を投げ打って出版業に身も心も注いだ豪傑な人。岩波書店の創業者・岩波茂雄から「出版業は儲からないからやめたほうがいい」と助言を受けながら、筑摩書房を起こした人。

塩尻にある古田晃記念館には太宰治とやりとりした手紙が残されている。太宰が古田晃に金を貸りるために書いた手紙が。太宰は飲むために書いたのか、書くために飲んだのか。

古田晃と臼井吉見、唐木順三は現在の松本深志高校の同窓生だ。彼らはどのような思いで筑摩書房を起こしたのか。臼井吉見が生まれた安曇野はどのようなところなのか。臼井の記念館があるようだし、まず安曇野に行ってみようというのが旅の目的だった。

しかし雨が激しく降っているのを見ているうちに、記念館に向かう気持ちは遠のいていった。

そんなとき、「ふるさと常念」という冊子に出会った。「ふるさと常念」はラウンジの片隅に置かれた雑誌の棚の中に隠れていた。棚はカラフルでファッショナブルな雑誌に占められていた。その中でこの小さな冊子に目を留める人はほとんどいないだろう。実際、冊子は棚の仕切りの中に埋もれていて表紙のタイトルすら見ることはできなかった。私自身、最初はカラフルな雑誌を手に取るつもりで棚に近づいていったのだ。しかし雑誌を手に取らず、棚の中に隠れていた冊子を引っ張り出した。それが「ふるさと常念」だった。表紙には淡い色の水彩画で常念岳が描かれていた。

常念とは常念岳のことだろう。常念岳は安曇野の人にとって「特別な山」であるというのは聞いたことがあった。しかしどのように特別なのかは知らなかった。サブタイトルにはこう書かれている。「常念岳の自然と人間」。私はおもむろにページを開いた。臼井吉見が寄せた常念岳の文章が紹介されていた。

西空をふさぐように立ちはだかっている鍋冠山の右肩に残雪の山が、ちょっぴり、てっぺんをのぞかせている。さて、なんて山カナ、といぶかった。とたんに、なあんだ、常念岳じゃないかと思うと、おかしかった。東京に住んでいても、机に向かって、目をつむれば、しばしば常念岳が大きく見えてくる。

私はとにかくこの冊子を最後まで読んでみようと思った。しずかに本を読むにはうってつけの雨だった。

【つづく…】


そもそも第2号では諏訪式【近代 人づくり編】と題し、岩波書店、筑摩書房などの出版業や諏訪にゆかりのある文人に焦点を当て、諏訪のもうひとつの顔、文化的側面を浮かび上がらせています。ささらプロダクションのウェブストア Tamaca にて販売中。
取材・執筆者
ささらロゴ 太(印刷)
由井 英 映画監督/ささらプロダクション

2006(平成18)年に、小倉美惠子とともに(株)ささらプロダクションを設立。2008年、映画「オオカミの護符―里びとと山びとのあわいに」で文化庁映画賞文化記録映画優秀賞、地球環境映像祭アース・ビジョン賞を受賞。2010年「うつし世の静寂(しじま)に」を劇場公開。現在、映画「ものがたりをめぐる物語」を製作中。