DVD オオカミの護符

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DVD オオカミの護符

(wolf)
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個人・家庭視聴用
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関東の里に暮らしてきた百姓たちを、この映画は、武蔵の国という雄大な自然のつながりのなかでとらえかえした。ご神体としての山々から「オオカミの護符」が降りてくる。山、川、里をつなぐ世界に見えてくるのは、過去、現在、未来の結びつき。

【内山 節 |哲学者】

おいぬさま、ヤマイヌ、特殊な存在であるオオカミを「いぬ」と呼ぶ。肩甲骨を焼いて占いをする。山を信仰する。どれもが故郷のモンゴルのことを思い出させた。栄えた大都会のイメージが強い日本にも自然にもどればモンゴルに近いのか。自然を共生の場にすれば力を合わせて生きるという人間生活の原点をこの映画で再認識した。

【フフバートル| 昭和女子大学 人間社会学部准教授】

毎年、宝登山神社や三峯神社に講中として「お犬様」を借りに「お犬替え」と称し登拝しています。一年間家内安全をお守りいただけるので、安心して生活ができます。秩父ではお犬様(オオカミ)の護符を出しているところは十指に余るほど盛んでした。三峯神社の史料に宝暦四(1754)年、猪鹿除、盗難除として「御犬御拝借」といった村役人の願書があります。この頃から広範囲に庶民の信仰として生き続けています。

【栃原 嗣雄| 宝登山神社 谷ツ平講 講元/秩父郡長瀞町】

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作品 オオカミの護符 〜里びとと山びとのあわいに〜  作品解説
完成 2008年/114分
企画 小倉美惠子
監督 由井 英
制作・製作 株式会社ささらプロダクション
製作助成 文化庁
受賞 ・平成20年度文化庁映画賞 文化記録映画優秀賞
・アース・ビジョン第17回地球環境映像際 アース・ビジョン賞
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DVD オオカミの護符 についてのレビュー(6件)

  1. 上田 英二 より:

    「オオカミの護符」からは、講の人々の祈りの後の笑顔の美しさ、幸福感が伝わります。 私たちがもう感じ取れなくなっているもの、命のつながりのようなものを感じていることから来るのでしょうか。命をもたらしているものが山から来る、その命の源となっているもの、守ってくれているものに感謝する、という感覚があたりまえのものとしてあるのでしょうか。全体を通じて、「命は関係の中にある」という*内山さんの言葉が浮かびます。 共同体を形作るもの(風土、人間、生き物、神仏や精霊など)との関係のなかに自分たちの命はあり、自分たちはその中で生かされていると感じる、命は自分たちの所有物ではない、 日本人はそういう生き方をしてきた。だから、自分たちの生きる世界を作っているものへの共通の祈りが共同体を結びつけている、そのことを感じます。

    昭和30年に福島の田舎に生まれ育った私には、近隣の農家の子供たちに混じって田畑や野山を駆け巡り遊んでいた子供時代があります。夢のように幸福だった記憶があります。 農家の出の祖母と寝起きし、育てられました。その祖母は農家の伝統行事を守り続けようと苦慮していたことを覚えています。昭和40年代初めの家の建替えと共に、それまであった縁側がなくなり、伝統行事や共同体のつながりが消えてゆきました。私もそのことに加担し、いまに至るまでずっとそのままで生きてきました。私たちの世代がすべてを終わらせてしまった… 深い反省のなかにいます。しかし私も企業社会にいたころだったら、多分、この映画や本に反応することがあったのかどうか自信がありません。なぜなら受け取る力(感じ取る心)がなかったように思うのです。今、ほんの少しでもわかりかけている自分になれたことがうれしく、またこのような出会いをもたらしてくれた皆様に深く感謝しています。

    ※ 内山さん|哲学者の内山節さんのこと(補足:yui)

    • Suguru YUI より:

      ささらのウェブサイトに寄せて頂いた映画「オオカミの護符」への感想をTamacaに転記しました。上田さん、飯島さん Akiyamaさん、ご快諾くださりありがとうございました。なお、投稿日はすべて転記した日付で統一しています。

  2. 飯島 聡子 より:

    「オオカミの護符」を見た後の温かな穏やかな気持ちを思い出し、また映画を見直したくなりました。ゆるやかに、けれど確かに誰かや何かに支えられている、一人ではないという安心感。その全てに対する感謝と祈り。

    そして、また夢のように幸福だった子ども時代とはなんて素晴らしいんでしょう。今の子ども達が大人になってそんなことを言える子がどれほどいるだろうと思うと考えさせられます。そのような満ち足りた記憶が一生分のエネルギーのもとになるような気がします。

    私もオオカミの護符をヒントに失われつつある大切なものを思い出しながら、またこの時代の中でこそ生まれた新たな祈りを形作っていきたいと思います。

    • Suguru YUI より:

      飯島さん 上田さん

      感想を寄せてくださりありがとうございます。映画「オオカミの護符」の中で「御嶽の御師を囲む講中」の写真はいまでも私の心を引きつけています。人々の笑顔が印象的なのは間違いありません。でも、それだけでないものも感じています。写された笑顔の中に「何か特別な笑顔が含まれている」のではないかと思います。それはきっと、撮影者がちょっと冗談を言って、笑ってしまうような種類の笑顔とは全く異なる「朗らかさ」のようなものだろうと思います。「満ち足りた開放感」とでも言うのでしょうか。

      上田さんの感想を読ませていただき、胸を締め付けられるような思いにかられました。上田さんの祖父母たちが守り続けようと苦慮していたのは、この「満ち足りた開放感」だったのではないでしょうか。飯島さんの言葉を借りれば「一人ではない安心感」ということになると思います。そこには人の世を超えた世界とのつながりも想像することができます。

  3. Mizuho Akiyama より:

    私は信州の里山育ちです。

    私が子供の頃は、まだ子供の数も多く、藁葺きの家もたくさん残っていました。小学校時代は、お盆と正月に集落の子供達と道祖神のお札を作って配り売る「こども行事」があり、皆楽しみにしていました。三九郎(どんど焼き)の前には、山に松を切り出しに行ったり、大鍋でお汁粉を作ったり…。今思えば、何とおとぎ話の様な世界を生きていたのでしょう。

    上京して10年ほど経った頃、集落の最後の子供が小学校を卒業したと聞きました。以降、道祖神のお札は今はもう配られていません。お札を作る版木がどこにあるのかも、今は誰も知りません。こうして伝統というものは消えていくのだな、と淋しく思いましたが、多忙な生活を送る中、このことはすぐに心の隅に追いやられてしまいました。いま、私も何かを終わらせてしまった世代の人間のひとりなのだと、感じずにはいられません。

    講の皆さんの祈りの後の笑顔、本当に美しいですね。「命のつながり」がある人生を生きている方達というのは、ふとした表情、所作さえも、こんなにも豊かなのですね。ほんとうに心惹かれます。皆さんの想いや日々の営みが祈りとなり、祈りが風に乗って空に上がり、皆さんをいついつまでも守ってくれますように。飯島様と同じく、私もまた「オオカミの護符」を観たくなりました。

    • 小倉 美恵子 より:

      みなさんのご感想、ありがたく拝見しました。Mizuhoさんの子供時代のお話し、とりわけ子供たちがお札を刷って配っていたこと、とても興味深く思いました。確かに昔は「子供の仕事」もあって、お小遣いももらえるようになっていたなーと改めて振り返りました。

      つい最近まで、上映会や講演の場で「昔の方がいいなんてとんでもない!」と眉を逆立ててお叱りを受けることが度々ありました。もちろん「昔に帰れ」とは言いませんが、「昔は良かった」と思う気持ちがないわけではありません。皆さんのご感想から、やはり幼少期の「村の記憶」が幸せに満ちたものであることがわかり、とっても嬉しく思うと同時に、そこになぜ幸せが宿っているのか、確かめてみたいと思う気持ちが強くなっています。

      何もかもが表層で「消費」し尽くされてしまうこの世の中にあって、人の心に灯り続けてゆくものを求めていきたいと思ってます。