2016.10.30 第6回 上映作品  

テーマ:暮らしの変遷について考える

映画:アカデミック版「オオカミの護符」 [2016年完成作品 ] 
監督|由井 英 制作|ささらプロダクション
話:小倉 美惠子(作家/ささらプロダクション)
聞きて:大和田 泰子(スルガ銀行)

 KEYWORDS
映画を見て思い浮かんだ参加者の言葉

  • 「つながり」 山を通してあらゆるものと
  • 自然の恵みへの感謝と祈り
  • 御師、版木、赤飯
  • 「講」という言葉の成り立ちとは?
  • ままならぬ自然と暮らし
  • 山と里の往復を毎年繰り返すこと。
  • 新住民として地域に関わる機会はどこにあるのか?
  • 今では神様に捧げるお供物は買ったものなので「神様が喜ぶのかどうかね」という言葉
  • ベーら山にあった祠を引き取っていること。

※参加者の意図を伝えるために筆者が加筆している部分があります。

DISCUSSION
話し合い

 【オオカミの護符(再び)その2】

  • 神様が喜ぶのかどうかね…
    この言葉は映画の終盤にでてくる。映画の中では次のように語っている。

    今は米も豆も買ってやるんで、神様が喜ぶのかどうかね…

    これはひとりのお百姓が小さな祠にお供えものをしたときに思わず漏らした言葉だった。その祠はべーら山と呼ばれる多摩丘陵のなだらかな山の頂きに祀られていた。山が崩されることになりその百姓が神様を祀った祠を家の敷地に移し、現在では氏神と共にお祀りしている。もともとその神様は集落を見守る存在だったのだろう。

    「神様が喜ぶのかどうかね…」という百姓のつぶやきには神様に対するためらいだけでなく、「いまの自分はいったい百姓といえるのか」とった後ろめたさが込められているのように私には思える。

    今も昔も百姓は、村の祭りの際に神様に捧げるお供物として、必ず手ずから作った(収穫した)土地の恵みを捧げる。自らの手で育てた作物や、知恵を絞って捕らえた獲物を供物として捧げることによって、初めて神様に感謝の気持ちが届くものと考えたのだろう。また「こんなにも素晴らしい山の幸や海の幸を頂くことができました」と土地の豊かさを神様にお示しすることも大切にされたのかもしれない。それが赤飯の小豆も、もち米も自ら育てたものではなく買ってきたものを捧げる様になった時、ひとりの百姓の心に後ろめたさが湧いてくるのも当然だろう。

    しかし問題は、なぜ、「買ったもの」をとして捧げるようになったのか、ということである。

    この問いはひとりの百姓に答えられる問題ではない。むしろ現代社会が抱える根源的な課題がこの問いに重ねられているのではないか。だからこそ、私たちはひとりの百姓が漏らした言葉を映画に活かしたいと考えた。

    映画の舞台である川崎市の北部はなだらかな多摩丘陵に包まれ、水が豊富に湧き出し、一年を通じて作物を育てることのできる穏やかな気候に恵まれた土地柄だ。戦後まもなく首都圏で働くベットタウン構想が持ち上がり、特に東京オリンピックを契機に高速道路が建設され、私鉄の線路が伸長し、駅を中心に町が作られていった。山が崩され、田畑は埋められ、茅葺屋根の家は壊されていった。山に生きた小動物は棲み処を追われ、真新しい道路の上でダンプカーに轢きつぶされた。明治生まれの百姓たちは、同じ土地に棲む生き物に対し、憐れみをもって亡骸を引き取り、ひっそりと自分の敷地に埋葬し、手を合わせ、弔った。

    戦後、代変わりが進み、昭和一桁生まれの百姓が家督を継ぐようになった。彼らの多くは好むと好まざるとに関わらず所有する土地を切り売りし、手放していった。かつてのように田畑で野菜や米を作ることは、もはやほとんど出来なくなった。多くの鳥や虫、小動物たちはその土地から人知れず去っていった。

    そうした中で「オオカミの護符」を家の戸口や台所に貼る行事は辛うじて受け継がれていた。そこにかつてのお百姓の暮らしの縁を感じることができた。これだけは続けなければ先祖に申し訳ないという気持ちも彼らからは伺えた。昭和の初めに生まれた百姓の中には、土地を売ることでかつての先祖が何代かけても決して手に入れることのできなかった莫大な利益をたった一代で手にした人もあった。逆に、それによって人生の歯車を狂わせてしまった人も少なくなかった。

    しかし、どちらにしても、おそらく70〜80歳代の今になって彼らが考えているのは、「果たして自分は百姓と言えるのだろうか」「百姓の家に生まれてきた者と言えるのだろうか」という問いだろう。なぜならば、百姓とは、「風土さえあればどんな時代も生き抜いていける」と信じた人たちだからだ。いかに経済的に豊かであろうとも、風土を捨てた以上もはや百姓とは言えないのではないかというのが彼らが抱いた本当の気持ちだろう。

    自分で育てた作物を神様への供物としてあげられなくなった自分はいったい何者なのか?
    果たして自分は先祖のように自分の力で精一杯生きてきたのか。

    そんな後ろめたい気持ちが「神様が喜ぶのかどうかね…」という言葉に隠されているように思う。それは決して一人の百姓の問題でなく、多摩丘陵に暮らしてきた百姓たちの問題だけでもなく、戦後の日本を生きる私たちの歩み方に置き換えて考えることができる。我々は風土に見切りをつけ、別の道を選択し、今だにその道を進み、これからも進み続けることに疑いを持つこともない。自らの足元を振り返り、もう一度やり直そうと考える人は少ない。

    私の記憶に間違いなければ、「オオカミの護符」という映画からこの「神様が喜ぶのかどうかね」という言葉を拾ってくれた人は、初めてではないかと思う。率直に、この言葉に気づいてくれたことは本当に嬉しい。映画を作る人と見る人の境界がなくなり、何かが通じた思いがする。映画を作る醍醐味はまさにこういうときに味わうことができる。それだけにシネマカフェでこのキーワードを出した人ともう少し言葉を交わしたかった。問いかけたかった。

    なぜこの言葉は、あなたの心に響いたのだろうか、と…

    実はまだ「オオカミの護符」にも「うつし世の静寂に」にも掘り起こしてほしいキーワードがいくつもある。これまで誰にも見出されたことのない問いかけが。そうしたことに気づいてくれる人たちとの出会いをこれからの上映会の楽しみにしたいと思う。これから事務所の一角にもKiccaloという場を開き、様々なイベントを開催しながら映画の上映も続けていくつもりだ。いずれ、誰かが気づいてくれることを心待ちにしながら。

文:由井 英(映画監督)

上の写真:お供物のストッコ「オオカミの護符」より
ストッコ(藁苞)の中には油揚げとお赤飯が見える
今では買ってきたものを捧げている

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