フォーカスが甘めの写真(上)がかえってよかったのかもしれない。たくさんの人の拍手に迎えられて祝賀会場に入ってくる小倉の表情には、どこかしら幼い女の子の面影が伺えるからだ。年頃の女の子だけがもつあの意味深げな表情が。それとも、俯き加減に歩くその様子からだろうか。嬉しそうでありながら、どことなく悲しみが漂っている。

川崎市は小倉の生まれた土地であり、ささらプロダクションが活動を始めた地でもある。その市からの受賞は、きっと他の賞とは異なる感慨を彼女に与えたのだろう。年老いたご両親や親戚が見守る中で行われた式というのも特別だった。「両親のためにも式に参加したい」という小倉の言葉が今も私の耳に残っている。そんな彼女の気持ちをご両親は受け止めてくれただろうか。

 

 

川崎市長から受賞の理由として、「昔から住んできた人と新しく住み始めた人の橋渡しになるような活動」というような話があった。

「おいぬさまのお札が私を連れて行ってくれるような気がする」

実家の土蔵の扉に代々貼り重ねられた「オオカミの護符」の前で小倉が私に話してくれたのも、もう15、6年前になるのか。たった一人で、家にあった小さなビデオカメラを手に、地元の行事やタケノコ掘り、古老の話に耳を傾けることから始めた活動がようやく、ひとつの実を結んだ。

しかし時代は私たちを道連れにして確実に流れている。私たちは思い出の中に留まることはできず、時とともにどこかに流されていく。ビデオカメラに収録された行事は今や、マンションが林立する現代的な暮らしの中で肩をすぼめるように影を潜め、タケノコ掘りをする人も見かけなくなり、話を語り聞かせてくれた古老達の多くはこの世から姿を消した。

 

 

それでもなお、私たちはこれからもう一つ大きな仕事をしなければならない。目の前に見える人とのつながりを大切にしながら、目に見えない人や風土の存在を肌に感じ、形作っていきたいと思う。みなさん、今後ともささらプロダクションをご支援くださいますようお願いします。

文:由井 英(映画監督)

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