女の人にとって大切なこと、私が思うに。

2019.1.31のものがたり

最初に言いたいのだけれども、私は単純に人を「それは女の価値観だ」とか「男の世界観だ」とか区別したいのではありません。その点は特に大ちゃんに言っておきたいのです。

「yuiさんはすぐに人をカテゴライズするんだから。男とか女とか言った時点でOUTだよ」と言われそうなので。(大ちゃん、そんなつもりはないんだよ。うまく表現できないだけなんだ。)

人間に限らず他の動物だって、植物だって単純に性別を分けられない種もあるわけだから、人間だけそうした基準で考えようとするのはそもそもナンセンスですよね。村上春樹の本の中で古代ギリシアの物語を引用しながら、そのあたりをうまく表現した文章を読んだことがあります。思い出してみると…(細かいところは多分間違っているから、ニュアンスを汲み取ってください。)

かつて、人は人間になる前に、「男男、男女、女女」であったという。ある時(どんな時なのかは忘れました)男男は男と男に、男女は男と女に、女女は、女と女に引き裂かれてしまいました。そうして人間となってからは、男も女も引き離されたもう1人の自分を探し求め彷徨っている。人間は本当の自分に出会えるのだろうか、出会えないのだろうかというような話。深いですね、ギリシャの物語って。

でもそうはいっても、(ここからが本論です!)女の人が集まりいろんな話をすると、その話題の大胆な飛躍に(本人たちにとっては、ごく自然な流れなのだろうけど)男の自分からすると、あっけに取られてしまうことがあります。

今日は、谷戸の下のスタッフと私とmicoさんの5人が集まる打ち合わせの日でした。谷戸の下、フロアースタッフはともこさん、まりこさん、そして厨房で料理を作ってくれるのぶさんの三人です。私以外は全員、女性です。

京都に店を構える和食器屋さんに注文した皿や小鉢などをみんなで確認していたときの話です。私はそのお店のウェブサイトに紹介されている美しい器をプロジェクターを使って壁に投影していました。micoさんが注文リストから作家さんの名前や器の種類、色、形などを読みあげると、私がウェブサイトの中から見つけ出します。次々と素敵な皿や飯碗が映し出されると、

「この小鉢はちょっと高台が高目なのが素敵」
「内側が濃い色の飯碗は、白いご飯を盛り付けると映えると思う」
「このお皿にはカレーを盛り付けたらどうかな」

などなどの声が上がり、

盛り付ける料理から始まり配膳の仕方なども想像しているようで、それこそ話の花が咲いて楽しそうなのです。

しばらくして、micoさんが読み上げてくれる作家さんのお皿を私がどうしても見つけられないことがありました。ウェブサイトの中をどんなに調べてもそのお皿が見つからないのです。必死に探していたせいか、いつしか私の意識はみんなの話題から遠のいていきました。

ようやくお目当のお皿を探し、再びみんなの話に耳を傾けると、なぜか畑に咲いているキンセンカ(カレンデュラ)の花の話に変わっていました。

「ん? なんで花の話?」

と私が思っていると、

突然、micoさんが椅子から立ち上がり、その場を離れて建物の外に出て行ってしまいました。畑までカレンデュラを摘みに行ったのです。どうやらみんなが花の香りを嗅いでみたいと言ったようなのです。

ようやく見つけ出した皿を投影したまま、私はしばらく女性の動向を見守ることにしました。お皿の話に戻すこともできたけど、なぜか「そうしないほうが良いのではないか」と思ったのです。

しばらくするとmicoさんは、カレンデュラの花を一輪手に持って、いかにもウキウキしながら戻ってきました。まるで自分の宝物をみんなに見せたいと思っている子供のように。オレンジ色の可憐な花をみんなに見せたり、ちぎった葉っぱを香るように勧めています。みんなの手から手へと葉っぱが一周回り、やがてmicoさんの元に戻ってくると、micoさんは両手で葉っぱを包み、その手を鼻に近づけ、目をつぶり、大きく深呼吸するように香りを嗅ぎ始めました。

すると、のぶさんが大きな声で笑い出しました。micoさんのあまりの子供のような無邪気さが、ツボにハマったようなのです。その場にいた誰もが和かな笑顔を浮かべていました。幸せな時間というのはこういう時に生まれるのもなのかなと私は思いました。

大ちゃん曰く、のぶさんの料理を食べると「魔法にかけられちゃう」そう。
どんな魔法なのだろう? 幸せの魔法かな?

でも、その時の自分の気持ちに正直になれば、「お皿」の話題が中断されたことによる「わだかまり」が心に残っていたことは確かです。何かスッキリしない気分でした。昔の自分なら、そうしたわだかまりを口にしたかもしれません。かつての私は話題が脇道に逸れると、よく引き戻していました。それが自分の役割だとさえ思っていた時期もありました。しかし今では、みんなと同じように笑っています。

確かに「お皿」からは話題がそれました。しかし、女の人はいろんな話をしながらお互いに近しくなる関係を築いていくのかもしれません。そう考えれば、逸脱した話をしているように見えても谷戸の下というお店を開くにあたって大切な時間を過ごしているというようにも思えます。

今回の「春夏秋冬」というブログではそんな女の人の関係のつなぎ方を書きたいな〜と、壁に映されたお皿を見ながら思っていると、彼女たちの話題は、子供のことや、近くにできた気になるお店の話などに次々と変わっていきました。

「これは尽きないや。まあーいいか。楽しそうだから」

とその時私が思っていたことをその場に居合わせた4人の女性は知らないでしょう。

笑顔が素敵な、ともこさん