壁が無くなった日

2019.2.2のものがたり

太平洋を挟んだ彼の国の大統領に関する話ではありません。「谷戸の下」の厨房の改装が始まったという話です。それは私にとって少しショッキングな出来事でした。

リフォームというものはそういうもの、と考えればそれまでなのかもしれませんが、家の一部であっても、しかも新装されるとわかっていても、壁がガンガン壊されるのを見ているのは気持ちのいいものではありません。上品な味わいを持つこの壁には私もmicoさんも愛着がありました。ナイーブな私の心には悲しみが込み上げてきました。

「yuiさんはすぐに可哀想な自分を演じるんだから」

と大ちゃんに突っ込まれそうですが。

(ごめん、大ちゃん。私にツッコミを入れるのは大ちゃんの役割のような気がして…)

そんな私の気持ちを全く気にしていないように(気にするはずがありません)業者の方々は様々な道具を使ってバリバリ、ギコギコ、グウィーンと壁を落としていきます。

今日も谷戸の下スタッフののぶさんが来てくれました。彼女は改装の設計図を書いてくれたり、業者との間に立って交渉したりと面倒なことも厭わず引き受けてくれています。本当に有難い人です。

ある時、私がぼんやりと壁が壊されていくのを見ていると、のぶさんが話しかけてくれました。

「キッチンが前後の二段構えに分かれているのは珍しいですね」

そうなんです。こうした作りにしたのには訳がありました。結局、2つ目のシンクを揃えることなく壁を壊すことになってしまったのですが。のぶさんが話しかけてくれたことによって、私はその昔、よく通っていた蕎麦屋さんを思い出しました。

新宿御苑の近くにある「志な乃」という蕎麦屋です。私もmicoさんも大好きな蕎麦屋さんです。歯ごたえのある太めの蕎麦が美味しいのはもちろんのこと、蕎麦と饂飩が半分ずつ乗った「合い盛り」を私は好んで食べていました。饂飩につけるだし汁が絶品なのです。おろし生姜をちょこんとつけ汁に浮かべて、饂飩をちょっとつけて、すすり食べるともうたまらないんです。鼻をほのかに抜けていく魚介の風味は、しっかりと出汁が取れている証。蕎麦を食べにこの店に来るのだけど、お品書きの「合い盛り」という文字を見ると、思わず饂飩も食べたくなり、注文しちゃうのです。さらに私とmicoさんが好きなのが、蕎麦湯。ここのドロドロとした濃い蕎麦湯が大好きなんです。この蕎麦湯を最後に飲むことでお腹が満たされ、このお店に来て本当によかったなと思うのです。

実は、この「志な乃」には厨房の他に、脇に独立した小さなシンクとガスコンロがあります。コンロの上には大きなやかんがかけられていて、客が店に入り席に着くとすぐ、割烹着のお母さんたちがキビキビ動いて、暖かいお茶が出されます。お客に対する「おもてなし」が行き届いています。それを成せるのは厨房と分けた小さなシンク付きの場所があるからでしょう。

これがアイデアの素で、壁を挟んで前後にシンクを分ける二段構えの作りにしました。前面はお茶出し用のシンクで、後面は料理用のキッチンを想定して作ったのです。その二つの間にある壁を今回のリフォームで壊すことになったのです。アイランドキッチンや様々な厨房機器を置くためです。

「志な乃」が頭に思い浮かべば余計に壁が壊されるのを見ているのが辛くなってしまいますが、いずれのぶさんがこの厨房に立ち、美味しいお料理をみなさんに振舞ってくれることを想像し、楽しみにしたいと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA