オオカミ詣り

2019.1.17-18のものがたり

micoさんの書いた「オオカミの護符」という本を読んだ人はわかると思うけど、いわゆる「オオカミ」のお札を発行している神社のひとつ、武蔵御嶽神社を参拝しました。谷戸の下に多くのお客さんが来てくれるように商売繁盛を祈願しお札を頂いたのです。

「みんな、神前に誓ったから、もうお店の名前は変えられないよ。」

ニホンオオカミは絶滅していると言われているけれど、私たちの気持ちはオオカミ詣りです。つまりオオカミに誓いを立てるために山を詣でました。

参拝したのは私とmicoさんの他に、スタッフの大ちゃんと彼のパートナーのユキエさん。ふたりはとにかく仲がいい。僕はファインダー越しにニコニコしながら(ニヤニヤしてたかも?)ふたりの姿を見て、写真を撮っていました。

大ちゃんとユキエさん 
背中からも仲よさそうに見えるから不思議! そういうものか。
(御嶽神社へ向かうケーブルカーにて)

大ちゃんはユキエさんのことを「ユキエさん」と呼んでいる一方で、ユキエさんは大ちゃんのことを「ダイスケ」と呼び捨て。僕は気になったので、どうして?と彼らに尋ねると、大学院時代の先輩後輩なんだそう。後輩の大ちゃんの方がずっと年上と聞いてまた笑ってしまった。ふたりはロンドンの大学院で出会ったそう。そのあたりの詳しい経緯はいずれ本人たちに登場してもらい、ここで語ってもらいましょう。

薄く曇がかかっていたけれどなかなかの眺望。「オオカミの護符」の映画でもここで撮影しました。懐かしい。もう10年以上前になるけど、山の姿は変わらず、それが何よりも嬉しい。世の中には素早く変わっていくものもあるけれど、ずっと変わらないもののあることにほっとします。

一番好きな写真、なんかいい感じのふたり

私とmicoさんが大ちゃんと初めて会ったのは、今から一年ぐらい前のことだと思う。大ちゃんはコミュニティー誌の記者さんの紹介で訪ねて来ました。micoさんが書いた「オオカミの護符」を読んで、御嶽講に興味があるから会って話を聞きたいとのことだったと記憶しています。

山に抱かれた御師集落(左)と男具那の峰(右)

micoさんは人との出会いをとても大切にするタイプですが私は全く逆。人と会うことをとても億劫に感じるタイプ。だから大ちゃんに会うこともあまり乗り気でなかったと思う。その大ちゃんと一緒に御嶽神社に参拝に来るのだから人の出会いはどこでどう繋がっているのかとても不思議です。

ケーブルカーを降りて御師集落まで徒歩で10分ほど。

それ以来私たちは大ちゃんと度々会うことになりました。大ちゃんは映画の上映会や様々な催しものに積極的に足を運んでくれたのです。そのうちに大ちゃんがオオカミの護符や御嶽講になぜ興味を持っているのか、私なりにわかるようになりました。

大ちゃんのお父さんは東北の石巻出身だといいます。田舎を離れて都会に働き口を見つけ、おそらくかなり一生懸命働き、田園都市線沿線の瀟洒な街に家を建てました。その街に大ちゃんが生まれます。

しかし大ちゃんにとってその街は「ふるさと」なのか、「ふるさと」でなければどういう繋がりのある街なのか。そもそもその街と繋がりを持つ必要があるのか。そんな疑問を持っているように私には思えました。そしてある日、大ちゃんは私たちに心にしまっておいた本音をひとつ呟いてくれました。

「僕たちが、オオカミの護符に書かれている小倉さんたちの昔ながらの暮らしを壊していったのか」

概ね、大ちゃんはそのような意味の言葉を話してくれました。その時私は大ちゃんとちょっぴり近しくなったような気がしました。

「自分たちは何か重大な罪を犯したのではないか」という当事者意識を持っていたからです。大ちゃんは、ただその街に生まれただけなのに。少なくとも彼に直接的な罪はないはずなのに。でも大ちゃんには、micoさんが言う「アスファルトの下の世界」がしっかりと意識されていたのだと思う。森や林を切り拓き、川を暗渠に閉じ込め、山を崩し、アスファルトの道を埋め尽くしていった開発の姿をまるで自分が犯した罪のように感じる大ちゃんに私は驚かされたのです。

御師 馬場克己さんの宿坊(屋号:東馬場)

私たちが最初に目指したのは、東馬場の宿坊です。映画で撮影した頃と違って、綺麗に屋根が葺き替えられていました。今回、御嶽に来た理由にはお参りの他に、もうひとつありました。雑誌「コンフォルト」の取材に同行したのです。

御師 馬場克己さん

馬場さんにいろんなお話を聞かせていただきました。どのような取材をしたのかは雑誌を読んでみてくださいね。掲載は次号の3月号を予定しているようです。私たちも楽しみです。でもそれまで待てないという方に私が注目したものをひとつだけ紹介すると(雑誌で紹介するかどうかはわかりませんが)…

そうです、便器です。こんな華やかな便器だとデリケートな私は落ち着いて用を足すことができません! ちなみに今は使っていないそうです。当然ですよね。ここに泊まることがあったら使わないでくださいね。

鼻の先に白く見えるのは月です。

夜は、宿坊「蔵屋」でご飯をいただきながら、大ちゃんやユキエさんといろんな話をし、夜が更けていきました。かつて御嶽講を組んで里から山へ参拝に来た講中は、日頃、里で話せない物事も山では本音で話し合ったそうです。まさに、「無礼講」ですね。山は、里びとにとってそういう場所でもあったんですね。

宿のお風呂から見える夜景がとても綺麗でした。下界の街の灯はまるでひとつひとつが命ある存在のようにあちらこちらに、ちらちらと見えました。御湯もあたたくて心地のよいお風呂でした。


翌日、武蔵御嶽神社を参拝しました。神社から許可を頂き、玉串を奉納する時に撮影させて頂きました。ちょうど大ちゃんの奉納が終わり、これからユキエさんが玉串を神前に捧げるところです。

映画の撮影では、一喜さんの父上、今は亡き服部喜助さんにとてもお世話になりました。喜助さんには特に「太占」という占いによって記録されたお札の読み方について詳しく教えて頂きました。

映画の最後に、喜助さんが小倉の家の神棚に祝詞を奏上するシーンがあります。喜助さんの声には、何とも言えない余韻があり、独特の響きがあります。映画という科学的な、デジタルな媒体を通してもなお薄れない響きが「オオカミの護符」という映画をまとめあげ、仕上げてくれているように思います。

小倉家の神棚に祝詞を上げた後、喜助さんと一喜さんが他の講中の御宅へと歩いていく後ろ姿にはなぜかよくわからないのですが(狙って撮れる訳ではないのですが)、何とも言えないペーソス(哀愁)が漂っています。映画を見る機会があったら注目して観てくださいね。

満面の笑顔の服部一喜さん
「土橋御嶽講」の講碑の前で記念撮影
(大ちゃん、micoさん、ユキエさん)

来年は、谷戸の下スタッフみんなと来たいですね。

やっぱりこの写真を見ても、ユキエさんは若い頃の「石田えり」にそっくりだと思うのだけどなあ。似ていないかなあ。若い2人は石田えりを知らないそうで、私とmicoさんはここでも年の差を感じてしまった。

大ちゃんは早速、スマホで画像検索して、

「なんか、水着の写真ばっかりだな」と複雑な声を上げていた。(終わり)